たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

珠玉のことばたち

2016年01月13日 20時48分15秒 | 日記
若松英輔‏@yomutokaku 1月3日
ほめられたければ、うまい文章を書くように努めればいい。だが自分が何者であるかを見極めたければ、そんな事は二義的な問題に過ぎない。人が文章を書くのは、評価を得るためではないだろう。おのれの魂を、真に揺り動かす言葉は、いつも、その人自身によって書かれることを本能的に知っているからだ。


若松英輔 ‏@yomutokaku · 1月6日
誰にでも魂を癒す糧はある。食物、言葉、絵画、音楽でもよい。そうした胸に抱き、いつくしんでいるものを事情を知らない評論家が見て、まるでなってない、未熟なものに過ぎないと断じても、それがかけがえのないものであることには何の変化もないだろう。切実なものを、真にかけがえのないものを愛せ。


若松英輔 ‏@yomutokaku · 1月6日
美術館で絵を見ていると、画家の名前を全く知らなくても心が震えるほど感動することがある。そうしたときにしばしば、その絵について誰かに解説している人に出くわす。その人の話を聞いていると、ふと、違う絵を見ているのかと想うのは私だけではないだろう。愛する者と評価する者の眼は同じではない。


若松英輔@yomutokaku 1月8日
読む事と、あらすじを知る事は全く違う。読むとは何ものかと出会うことだが、話の筋を知るのは、情報を溜めることに過ぎない。本の立場に自分をおけばすぐに分かる。履歴書に書けるような情報で自分を理解されたら、誰でも嫌なのではないだろうか。この世には、どうしても時間を必要とすることがある。


若松英輔‏@yomutokaku 1月9日

今も会社で働いているが、仕事とは何かを考えるなら、新しい本ではなく、古い、ことに哲学や思想書を読むとよいと思う。「仕事」は現代に始まった事象ではないからだ。生きることそのものとの関係を深く考えた良書はいくつもある。内村鑑三の『代表的日本人』もその好例の一つ。ガンディーの本もいい。


若松英輔 ‏@yomutokaku · 1月11日
悲しみは容易に消えない。だが、悲しみこそ、人生の帆である。帆をあげよ。風という宿命を受け止める帆をあげよ。悲しみの経験は人生の始まりを告げるだけでなく、私たちの人生を支える。自らの帆をあげてみればすぐに分かる。世の中は悲しみをたたえたまま、どうにか生きようとする人々で満ちている。