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たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

真摯に生きていく

2020年09月19日 12時48分13秒 | 日記
 妹との別れから26年が過ぎました。10年前の9月には父も見送った連休、母を見送ったのは8年前の2月の連休。妹が自死したことも母が統合失調症となったこともわたしが選びとることができなかった人生。つらい過去を一瞬で消去してくれるサパの緑色の装置は現実にはないので背負いながらこれからも生きていかなければならない。どうしてなのか、答えはどこにない。もがいてもがいてたどりついた答えは、答えはどこにもないということ。自分の人生の分しか生きることはできない。2人分も3人分もがんばって生きようっと思うことにはもうすっかり疲れてしまった。ただ真摯に自分の分を生きていく、それだけ。

 てんがいこどくとなったことに気づかないまま帰省して、気持ちの区切りとして遺品整理をしたかったことは足かせでしかないのか。家から通える所でと選んだら選ばれてしまったけれど、職員いじわるだったし、電話にでれば脅しをかけられたり地域性に全く馴染めなかった10カ月。いい記憶はひとつもないので忘れたいけれど、雇用保険に加入していたので最新の就労実績として書かないわけにはいかない。書けば?ってなって必ず質問される。親がいなくなれば一緒に暮らしたのは子どもの頃だけの兄弟は他人。行き違いがあっただけで憎しみはない。自分の気持ちの中で折り合いをつけることで、親族が近くにいて家の荷物を整理したかったので帰ったとさらっと言えるようになった。両親はいますか?ときかれていないと答えるとそれで荷物整理なんですねと理解はしてくれたかな。親族は近くにいますか?ときかれて関東エリアに親族は全くいないので、いないと答えたことはどうなのか。資格をとってからすぐには福祉業務についていない。なぜ資格をとったのかときかれて、個人的な想いがあり精神医学を勉強したかったので働きながら通信教育で大学卒業した後カウンセリングなど勉強し、通信教育で資格をとった。縁あって数年前資格を生かした業務にはじめて就いた。30年間ここで暮くらしたので終生の地と定めて戻ってきた。またここで働きたい。地域性の違いはありますか?ときかれて、〇〇と△△で違いは大きいと思いますと答えた。馴染めなかったのだと理解されたかな。1年半で感じたことは色々あったなれど個別のことは言ってはいけないと相談員さんから何度も言われていたので細かいことは何も言えなかった。ただ大きくこう感じたということだけ。ショートカットでと言われていたので短めにして長々と余計なことを言い過ぎないように気をつけた。妹と母のことを出せないのが苦しいけれど、プライベートで業務には関係ないので言わなければならないことでもない。自死遺族の会に出ていたことも言うことではない。なんかわけありのあやしい人みたいに見えてしまったかなあ、10カ月がひっかかり続けたらこの地で戻ることはもうできない。資格と1年半の実績がそれらを上回ることができるなら、朝早く遠いので通勤不安だけどなんとかやってみたい。どこまで体がついていくのかわからないので、一カ月だけがんばってみる。想いがありすぎて偏りがでてしまったなあという反省はあるけれど、ちょっと人よりもすさまじい個人的経験値があるから人の話を聴くことができたし、必要とされるならやってやるで~っていう気持ち。壮絶な人生を歩んでいる人たちは表面化されないだけでたくさんいる。そんな人たちの力になりたい想いがある。毎日東京宝塚劇場まで行くよりやや遠いぐらいの距離感。乗り換え駅までのバスが不安。朝の通勤時間帯は定期券持っている人ばかりで乗降に時間のかかる人たちは乗ってこないはず、運転手だって必死だし本数はあるから流れは昼間より早いのかな。あれこれ不安だらけですごす4連休。緊急連絡先が必要ならわたしの連絡先を書いてもいいよと友人が言ってくれたので少し安堵。

 明日は星組東京宝塚劇場千穐楽をライブビューイングで観る。ライブ配信もあるけど大きな画面で観たい。チケットが幻になったこと3回、やっと会える。浅はかなことだらけだったけれどここまで一生懸命生きてきた。灰色ではない未来もあると信じてこれからも真摯に生きる、ただそれだけ。税金どっさり納めてきたのだから最後の最後はお世話になっていいのだよ。その時まで真摯に生きる、それだけ。

 写真は秋のプリンス・エドワード島、モンゴメリさんも歩いた教会へ行く道を歩きました。

When Autumn Comes
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