会津の重ちゃん日記

日常の出来事、地方紙の記事、街中散策して見聞したことを発信。

彦根城 (城サミット)

2014-12-07 18:22:29 | 旅行
2014年12月7日(日)晴3.1℃~ -1.8℃
 
 「大急ぎの彦根城散策」

 あわただしいドライブインでの食事を終えて、高速道路で敦賀IC→彦根ICと移動し彦根城へ。ここでは第2回城サミットを見学する予定であったが時間的余裕がなく、市長、議長、市区長会長、同副会長など主だった方だけが表敬訪問した。(昨年第1回城サミットを実施)
 一般の市民は彦根城を自由に散策。
 バス駐車場から坂道を上る前に、ゆるチャラ「ひこにゃん」の出迎えを受けた。


 特別史跡彦根城跡は 彦根山(金亀山)を利用して築かれた平山城(ひらやまじろ)で1603年から20年を経て完成した。入場口から天守まで約50mの高低差があります。天守に向かう山道は築城当時の姿を保存している。城地面積約0.25㌶(75,800坪)、周囲約4km。
 現在も、山頂には国宝の天守があり、その周囲を巡るように重要文化財の各櫓(やぐら)が残っており、麓には下屋敷をはじめ内堀や中堀などが当初の姿を留めています。簡単に天守閣まで行けると思っていたが、坂と石段が続いていて天守閣の入り口まで行くのに難儀した。

 
 入場券を求めて三層の天守閣へ並んで入った。これが失敗。小さい城に大勢の観光客。5分、10分、15分経っても大混雑で3層の頂上に行けない。集合時間まで時間的余裕がない。あきらめて引き返した。その後「玄宮楽々園」を見学する予定も止めざるをえなかった。
 日曜日だったのでこのような混雑が起きたのうだろう。天守閣に上ろうとしなければよかったと後悔した。


 
 全国的に見ても保存状態の良好な城跡で、昭和31年7月19日、国の特別史跡に指定されました。
なお、下屋敷は昭和26年6月9日に「玄宮楽々園」として国の名勝に指定されています
新日本観光地百景のひとつとして琵琶湖八景『月明彦根の古城』として知られている。
 近江彦根藩の第15代藩主 井伊 直弼(いい なおすけ)は、幕末の譜代大名。幕末期の江戸幕府にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化を断行した。また、強権をもって国内の反対勢力を粛清したが(安政の大獄)、それらの反動を受けて暗殺された(桜田門外の変)。


 いままで姫路城、熊本城、松本城、弘前城、犬山城、大阪城などの城址を散策したが、この彦根城の井戸曲輪(いどくるわ)をみたことがなかったので写真を撮ってみました。黒門から本丸へ向かう坂道の途中に設けられた小曲輪。弧状に築かれたこの曲輪の北東隅に塩櫓が築かれ、周囲は瓦塀。塩櫓の近くには方形と円形の升が現存しており、石組みで集められた雨水を浄化して貯水するタイプの井戸と考えられる。