昨夜は徹夜になってしまった。
夜、私がちょっとその場を離れた1分くらいの間、父は腰かけていた椅子からベッドに移動しようとして、椅子とベッドのわずかな隙間で「溺れていた」のである。
体がはさまっているので、転倒はしていない。溺れているように見える、急いで父を支え、ベッドに寝かせようとしたが、この時父は力をこめて抵抗(何のための抵抗?)、そして完全にフロアーに寝転んでしまった。
こうなると私の力では起こせない。
「明日はS病院で定期検診とインフルエンザ予防接種なのに」と嘆きながら、夜中にずっと起こし続けたが、父は認知症でもあり体に力をこめて抵抗するばかり。
しかたなくそのままフロアーに寝かした。
そのまま朝まで暖かく毛布などをかけ、床暖房もつけたり消したりしながら見守った。
病院にはタクシーで行くが、持ち歩き用の重いボンベもあり、父も支える、ということが困難になったので、ヘルパーさんに付き添い援助をお願いしていてよかった。
二人でナントカ椅子に腰かけさせ、洗顔、軽く食事をとらせ、タクシーを呼んで無事S病院についた。
フロアーから起こすには、などという「介護本」も読んだりしたが、あれらは認知症の患者のためではない。
認知症でもいろんなタイプがあると思うが、父の場合は起こそうとすると必死に抵抗してくる、私の腕に爪をたてたり叩きに来たり、壮絶な現場である。ここで私が引くと父はどうなるか、と思って「安全」なところに誘導する。
しかし大切な父親、この「レイテ激戦の勇士」は体力は抜群、私は前を通るたびに足をひっかけたり、毎日が危険と隣り合わせ、でもそれすら「元気だから」なんて思って可愛く思う。
定期検診は酸素量、呼吸音などすべて「問題なし」と医師に誉められ、インフルエンザ予防接種を済ませ、帰宅。
付き添って下さったヘルパーさんがお帰りになると、父に昼食を食べさせて、そのあと父は昼寝でベッドへ。
私はいつのまにかフロアーに寝てしまった。
これからの反省だけど、私が少しでも父の前を離れる時はベッドに寝かせ、近くの椅子を取り払い、勝手に移動できないようにしてから、でないとまたこんなことが起こる。もう何度もあった。
夜7時ごろピンポーンとチャイムが鳴り、「○○ですが、ご挨拶に参りました、ちょっと外に出てきて頂けませんか?」
こういうことを言う場合、絶対に出ないことにしている。
「ちょっと外へ出てきていただけませんか」は押し売りのようなのもよく言うセリフだ。
仮にそうでない人が来たとしても、まさかその「ちょっと」が父の事故につながることはわからないだろう。
早朝のゴミ捨てなども、父が完全に寝てしまっているのを確認して、それからそっと捨てに行く。
訪問者は「これくらい」と思うかも知れないが、こうした家族を抱えている家庭のことは知らないのだろう。
今日は何もブログを書けなかった。
眠くて字もじっと読めないほど、目が開けていられない。
父はやはり疲れたのかぐっすり眠っている。
父は夜行性でもあり、夜に玄関の鍵をあけに行ったりしてくれるが、睡眠薬やその他の薬は飲ませないことにしている。
在宅酸素をしていて服用の薬も多いので、それだけにしている。
睡眠薬は肺に悪いと医師が言うので、飲ませない。
栄養を考えて、新鮮な野菜やフルーツ、大好きな神戸ビーフ、トロ、温泉卵、ヨーグルトなど時間をかけて食事をさせている。
認知症で肺気腫、そして過去に小脳出血などの病歴がある父だが、私も必死で支えているし、どうも私の方が疲れているようである。
でも、介護できるのは誇りでもある。それはあまり理解されない。妹ですら「そこまで面倒をみる人というのが珍しいのよ」なんて言う。父と私は、昔から考えもすべて違っていたし、特に仲がよかったわけではない。
しかし、その父が衰えた今、私は父が可愛くて、しかもレイテで命をかけて戦ったことを思うと、たまらなくいとおしい。
主治医にほめられた父、私も体力回復して明日からがんばろうと思う。