今こそ笑いを!!・・・ロッシーニ風とでもいいましょうか?
ある自民党員のコメント、情けなく思っているのだろう・・・短いが実態を表している文だ。
国会議員は朝から晩まで各部会委員会で奔走...これがリアルな活動報告。誰かさんみたいに自己申告(...ホラッチョともいう)で十日間不眠不休
これはある聖職者のお話・・・友人のFBで見て面白すぎるのでUPしました。
信者逃げるよ、大丈夫か!!
先が見えないことを、心配する必要はありません。何かまったく新しいものが生まれるときには、先は誰にも見えないのです。心配するより、むしろ「これから何が起こるんだろう」と楽しみにして待ちながら、いま自分にできることをしましょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。
ところで私が昨夜見た夢
ヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」の打ち合わせをしていた。
私は楽譜の誤植を見て多分出版社のミスだろうと思いながら「ここの音符にシャープをつけるのはおかしい。」と言うと・・・
「ヴェルディが間違っているというのか?ここはこの通りだ」という声がした。
すごく怒っていて私に突っかかってくる。他の人はじっとなりゆきを見ている。
あほらしいが「この音にシャープがあるのが間違っていると言っているんだ」と説明したが、その人物は<お前ごときが何を言っているんだ!!>という形相だった。
これはよくある場面だ。政治のことでも・・・。
情けないでライブ「萩生田光一、西村康稔ほか裏金問題で辞表を提出した閣僚たちよ。あんたら、何がやりたくて政治家になったん?」
今回何人出たのか??? ものすごいメンバーで閣僚クラスだけでも6人ぐらい。
ここまでのし上がって「末は大臣か博士か?」とも昔からいわれたが、大臣になるにはよほど・・・金もつかい、工作もした。しかし「何のために政治家になったのか」?
政治家になって社会を少しでも良くし、人々のために尽くしたい、と言って政治家になるのではなかったか?
「裏金」の作り方もセコイ、パー券を1000枚くらい売っても実際に会場に来たのは???
ノルマを達成して余ったお金は報告書にも書かず、つかい放題、「次の選挙のために雰囲気も出さなあかん、雰囲気だすのに大変だ」と。こうして広まり、「あいつなんか架空パーティーやっているんだ。パーティー会場は会議室や、20人くらいしか入らないのに・・・。」
宮下農林水産大臣、西村、萩生田各氏などそうそうたるメンバー。SNSでは「けじめをつけ、捜査当局にできるだけ協力します」と書いているが、自分は一切裏金なんて関係ないということができていたら辞める理由はない。
疑念を持たれるからけじめをつける、なんて変。何らかの不正があり疑念だけで辞める、というのは「わしゃやってますで、
疑念があるなら辞めますわ」という感じ。もう60歳超えて何をしている?
「オレの政策を実現するには金がいる。理想を実現するための必要悪や」と・・・今までなんかいいことしてきたか?
これを問いたい。「おれはこれをやるために裏金つくらなあかんかったんや」とでもいうてみい。
この30年間、国民の生活はどうなったか、とんでもない法律はどんどんできる。
なめとんのか!!・・・百田さんのお話はどんどん続くが、確かにその通りだ。
例えば西村さん、60歳過ぎて何してるんや、あんたの人生なんやったんか?子や孫に自慢できるか?
「昔は総裁選も出たんやで、総理大臣までもう少しやったんや」と?
それより国民の為にこの法案を通した、これしかできていないけどな、と言えればいいが。
作家は「本当に自分が満足できる傑作を書いた」というのがほとんどの作家の喜びだ。
政治家を何年やった、政治家を45年やった、など何がうれしいんだ。
それやるために「選挙」になったら「日本をよくするためにがんばりま~す」「みなさんのために頑張りま~す」
後援会では「パーティー券買ってください、100枚も買ってくれますか?みなさんの新年会には挨拶にいきます」
と言って、下の人には「なんや、おれが読めるために仮名でもちゃんと打っておけよ」
総理大臣がくると「あ、靴が汚れてますわ・・・」と。
全部私がアホですねん、と言って辞める政治家はいないんか。
百田さん、面白すぎます。
ブログのティールーム
シェイクスピアとヴェルディの時代を超えたコラボ。
ヴェルディ作曲「マクベス」~あわれみも誉も愛も
・・・バリトンはホロストフスキーです。
Dmitri Hvorostovsky - Macbeth; Pietà, rispetto, amore (和訳字幕付き)
わが畏友、奥山篤信氏がシェイクスピアとヴェルディによる「オテロ」論を月刊日本に載せられます。
氏は著作でも「ヴェニスの商人」など、ハッとするような内容の文を発表されており、この「マクベス」についても詳しく書かれています。またの機会にご紹介しましょう。
晩年のマックス・ローレンツ(最高のヴァーグナーのヘルデンテノール)を訪ねたマリア・カラス
この「オテロ(英語ではオセロー)」を論じられた文は心を打ちます。奥山様は著作で「ベルリン五輪」の名選手もスポーツの名手として称えておられましたが、戦争という悲惨な中で、芸術家として翻弄されながらも、芸術の本質を私たち後世の人々に今も伝えている巨匠たちの偉業、シェイクスピアならどういう戯曲にされたのでしょうか。
イタリアの大芸術家で、勇気ある愛国者のヴェルディやガブリエーレ・ダンヌンツイオのことなど、奥山篤信氏ならではの文も本当に素晴らしく、目が覚めるような思いです。
マックス・・ローレンツとキルステン・フラグスタート