仮想通貨を題材に、同一化していく社会や人間における個性や夢を描いた小説。2019年の芥川賞を受賞作品。
上田岳弘氏の作品を読むのは初めてだが、とっても村上春樹っぽいと感じた。一人称の「僕」が話の軸になって進んでいく。「ダメな飛行機」「(自然に出てくる)涙」「塔」「ファンド」などなど隠喩的に扱われるいくつかの思想、テーマ。空想世界と現実世界の境界のあいまいさなど、村上さんの作品を読んでいるような錯覚もする。
ストーリーは、会社で仮想通貨の採掘を命じられた「僕」と外資証券会社勤務の「彼女」と小説家を目指す「僕の先輩(ニムロッド)」の3名を軸に淡々と進むが、語られる内容はそのまま読者の考えを迫る。
議論は「人間は生産性を最大化するために個であることをやめ、どろどろに溶け合う。そして全能であるあのファンドと人類は一体化していく。」という点に集結していく。ディストピアSF小説のようでもある。情報が増え、処理スピードが加速度的に速くなる世の中で、人間は個性を発揮するどころか、ますます同一化していくことを暗示している。
読むのは難しくないが、読み応え、考え応えがある1冊だ。