先日読んだ梶谷懐、高口康太の両氏による『幸福な監視国家・中国 』で、ハクスリーの『すばらしい新世界』と並んで、ユートピア的な近未来世界を描いたSF小説として本書が紹介されていたので手に取ってみた。健康、公共心、幸せに満ち溢れた世界にあって、その成員たるオトナになることに反抗を試みた3人の少女と彼らの13年後が描かれる。
テーマ設定のユニークさ、ストーリー展開の巧みさ(サスペンス小説のようでもある)、登場人物の個性、それぞれが引き立っていて、一気に読ませる。テクノロジーが進んだ未来世界、すべてが調和して快適で便利な世界において、社会、人間はどうなるかを考える良いテキストにもなる。
人間における脳の機能と意識の問題も重要なテーマとして扱われる。偶然だが、これは先月読んだ櫻井武さんの『「こころ」はいかにして生まれるのか』で解説されたことが、そのまま小説の世界で応用されていた。驚くと同時に、旬なテーマなのだなと気付かされる。
「意識であることをやめたほうがいい。自然が生み出した継ぎ接ぎの機能に過ぎない意識であることを、この身体の隅々まで徹底して駆逐して、骨の髄まで社会的な存在に変化した方がいい。わたしがわたしであることを捨てたほうがいい。『わたし』とか意識とか、環境がそのばしのぎで人類に与えた機能は削除したほうがいい。そうすれば、ハーモニーを目指したこの社会に、本物のハーモニーが訪れる」(p.243)
伊藤計劃氏の名前は聞いたことがあったが、作品を読むのは初めてだった。2009年に34歳で早逝されたという。他の作品も読んでみたい。