その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

金成 隆一 『ルポ・トランプ王国2: ラストベルト再訪』 (岩波新書、2019)

2020-03-12 07:30:00 | 

アメリカ大統領選の民主党候補者選びが佳境を迎えつつある中、本書を手に取った。トランプ当選の秘密を探るべくラストベルト地帯の有権者を取材した前著『ルポ トランプ王国』の続編である。トランプ大統領就任から2年半がたった時点で、トランプ支持層が政権、政策運営をどう見ているかを、前著同様、アメリカ住民の中に入って取材している。前著も新聞等では深堀されない中西部住民の感情・意見をあぶり出す取材が非常に興味深かったが、それに劣らず読み応え十分だ。

今回はラストベルトのその後を始め、さらに範囲を広げて、退役軍人層や保守的な共和党支持基盤の地域でありバイブル・ベルトとも呼ばれる深南部地域(アラバマ、ルイジアナ)での取材を加え、内容に厚みを増している。本書が面白いのは、バーやダイナー等で一般有権者と積極的に関係を築き、彼らの本音を引き出しているところにある。トランプ政権に満足の人もいれば、期待外れを表明する声あり、反トランプありで、生の声によるアメリカ人の肌感覚を垣間見れる。

個人的ないくつかの気づきを幾つかメモっておくと・・・

(1)トランプ躍進の陰には、民主党の70年代からの戦略変換(「労働者の政党」から「見識があり、高等教育を受け、裕福な人々の政党」を目指した)がある。これは新聞等で読んだかもしれないが、私自身にはあまり残って無かった。民主党・共和党ともに政策、支持基盤層が入り乱れ、無党派層も増え、政党の時代ではなくなってきつつあることも感じ取れる。

「(民主党は)配管工、美容師、大工・・(中略)・・両手を汚して働いている人に経緯を伝えるべきです。重労働の価値を認め、仕事の前ではなく、後に(汗を流す)シャワーを浴びる労働者の仕事に価値を認めるべきです。(中略)「もう両手を使う仕事では食べていけない。教育プログラムを受け、学位を取りなさい。パソコンを使って仕事をしなければだめだ」。そんな言葉にはウンザリなんです。(中略)私が選挙中に聞かされたのは「民主党は、私の雇用より、誰か(性的少数派の人々)の便所の話しばかりしている」という不満だったのです。」(マホニング郡の民主党委員長 デイビッド・べトラスさん p32)

(2)南部には、キリスト教の教義・価値観に従い、進歩的な政策(同性婚や妊娠中絶など)に否定的だったり、福祉は国の仕事ではなく教会がすべきことと考えるような層が一定層いて、共和党・トランプを支持していること

「中央政府の仕事は、インフラ設備や軍隊など、個々人が担うには大きすぎるもの。その他の社会的ニーズは、何らかの支援や食糧が必要な人の面倒を見るのは、教会やコミュニティーの個々人なのです。社会的な責任を負わないでいることを容認してしまうと、当然のように怠けるものが出てきます。私たちに必要なのは、昔から言われてきたように「働かざる者、食うべからずです」」(アラバマ州で巡回裁判所判事 スノディさん p240)

(3)自由主義、資本主義の総本山アメリカで何故「社会主義」的政策を掲げる民主党のサンダース候補があれだけの支持を得るのか分からなかったが、背景には個人の努力ではどうしようもない経済格差、階級の固定化があり、根っこはトランプ支持と相似であること

「私が両親が今の私の年齢の時とは状況が違うのです。両親も労働者階級でしたが、とにかく違ったのです。(中略)父の収入だけで一家が暮らしていけたのです。マイホームも買えて、年に一度のバーケーションにも出られました。(中略)私を含めた2人の子供を育て、大学に送ることだってできたのです。(中略)今はそんなことはできません。私の夫はスーパーマーケットの支配人にまでなりましたが、マイホームは買えませんでした。私の父が当然のようにやっていたことが、できないのです」(ニューヨークに住むサンダース支持者 バーバラ・ブキャラさん pp297-288)

ミドルクラスの崩壊、父親世代を超える幸せを見いだせない若者など、社会事情は日本にも当てはまる。ちまたで「ネトウヨ」と呼ばれるような人の声が目立ってきている背景も、本書のトランプ支持層の声と重なる。アメリカを知り、アメリカを通じて日本を照射する格好の一冊だ。

今年のアメリカ大統領選が100倍楽しくなるのも間違いない。

【目次】

プロローグ―就任式へ、ラストベルトから山を越え

1章 新たなブラック・マンデー

2 3年後の「王国」再訪(ロードトリップ前半)

3章 次もトランプで決まり(ロードトリップ後半)

4章 郊外で「王国」に揺らぎ?

5章 帰還兵とアメリカ

6章 バイブルベルトを行く

7章 もはや手に入らないアップルパイ

エピローグ―クリスマス、ラストベルトから山を越え

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