★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

簡単に総括

2021年08月11日 12時45分55秒 | 徒然(つれづれ)
 総括という言葉を知ったのは、約半世紀前の連合赤軍あさま山荘事件の時だ。
 その前の学生運動の時には使われていたものの、他の専門用語と同様に聞き流していた。

 辞書で引くと、物事をひとつにまとめ、締めくくること、とあった。
 学生運動に限らず、人生においても、いろんな場面で、連綿と続く現在を過去のひとつとして、終着させ訣別するために総括は必要だ。

 社会人になり、学生気分を払拭するために学生時代の総括をした。
 私にとっての学生時代とは取りも直さず大学の5年間だ。
 親元を離れひとり暮らしを始め、社会人になる前までの、所謂、モラトリアム期間だ。

 そこで実感したのは、親はなくとも子は育つ、人生は自分の意思のままに、ということだ。
 親からの金銭的援助や、物事を進めるにあたっての障壁はあったものの、思い描いた人生が狂うことはなかった。

 定年退職をして、会社員時代を今総括しても、そのことは言える。 
 大学を一留して卒業し、小さな会社に入社した時も、ここでは終わらないという思いは常にあった。

 5年半後に転職した会社は、あれよあれよという間に一部上場企業という大樹に急成長した。
 寄らば大樹の陰、親方日の丸的な考えは、なんやかや言っても、マジョリティの中流階級には当てはまるものだ。

 仕事は前の会社に比べて楽チンで、給料は1.5倍以上だ。
 別に仕事の手を抜いていたわけではない。
 人並みにやっていても、自身のキャパの7、8割で事足りたのだ。

 大樹の陰に入ったのだから、管理職よりも上の昇進や出世を望む欲もなかった。
 平穏に定年まで勤め上げればよしと考え、ほぼその通りになった。
 なんの後悔もないし、会社には少なからず感謝の念を抱いている。
 
 

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