あったかいと言うことは楽に暮らせるということなのですね。悟りを得たような書き方で始まりましたが、本当に楽です。
あの寒いときの体と気持の緊張は普通じゃないですからね。
嫌だイヤだと思って暮らせるのと、気温など気にしないで暮らせるのとでは、頭によぎってくる様々な中身が全然違いますね。
今は室内で19℃です。空は薄い青空ですね。春特有のボケ-っとした晴の日の空気の透明度とでも言いましょうか。
ですが、だんだん曇ってきています。
ちょこっと外にでて、草むしりをやるとか、家に戻って本を読んでいて、「 あっそうだ 」 と思って再び外に出て、アスパラガスに鶏糞の追肥をしたり・・・。
とまあ、少し落ち着きに欠けるかも知れませんが、外に出たり家にもどったりしています。
テレビで聞いた(見た)話ですが、立ったり座ったりをしょっちゅうやっていると健康に良いのだとか。一番ダメなのは座ったっきりなのだそうです。
水戸黄門は長時間座っていなかったそうです。本を読んでいて何かを思い、立ち上がって別棟にある書庫に行き、思ったことに関連する本を持ってきて読みふけり、また何か用事を思い出して、部屋から部屋へと歩いて行って用事を済ましたり、などなど、そう言うことをくり返しやっていたそうです。
とすると、私は水戸黄門と同じ? であるはずがない。たまたま動いたことの一部が似ていると言うだけの話ですからね。 まあ、健康には良いかもしれませんけどね。
町内に幅が3mぐらいの小川があるのですが、そこは子どもの頃はおもちゃなど無いですから、季節が暖かくなってくると一番の遊び場になっていました。
その小川の両岸には50~60mから100mくらいずつ田んぼが下流に向かって長くながく広がっているのですが、そこは一応はゆるい浅い谷のようになっています。
そこを越えて老人の訪問に行って来ました。電動アシスト自転車でです。
したがって、上り坂道が急だからと言って降りる必要は無く、乗ったままスイスイと坂道を上ると言うこの快適さ。
緩い谷を過ぎると、向こう側には向こうの宇宙が広がっています。みんな知り合いですから、道に出ている人がいれば挨拶をし、二言三言の世間話をしたり、「おっ、あそこでは家を修理しているな」とか、この家では田んぼに出かけちゃっているのかな?などと思いながらそちらの風景を楽しんだりしてきます。何度も言ってきたと思いますが、特別な観光地とか絶景とか奇景などは、あまり関心がないですね。
何でも無い普通の人なら面白くも無いような風景が広がっているところが好きです。
自然がこのような形にしたんだなとか、そこに住むのが良いんだなと思って何代も何代もに渡って住み着いてきて、そのような風景に生っていったんだな、などと思いながら眺めるのは楽しいものです。
それなので、あの「こころ旅」などは、ほとんどそう言う所ばかり通っている番組ですからね。あれはとても面白いです。
見ている人は多いようですので、私と似ている気持ちの人も多いのかなと思うと、私は変人では無いのだろうと確認出来そうな気がします。