「それがそうはいかないのよねぇ」
「こっちの都合ってモノがあるんでね」
皐月と星夜の言葉に、ルシフェルが眉をそびやかした。皐月のペースで弛緩していた空気が、軽く帯電したかのように麗夢の肌を刺す。
「勝手なことをされたら困るんです」
「……」
そんな空気もお構いなしに、紫と琴音がうんうん頷くと、皐月が満面の笑みで言い放った。
「だから、やり直しを宣言します」
「……やり直し?」
「どういう事だ」
「こー言うことです!」
皐月がまっすぐ右手を頭上にかざした。すると、瞬きする間もなく空中からあの「箱」が現れ、その手のひらに収まった。ルシフェルと麗夢、当代最強と呼んで差し支えない二人が何の抵抗もできずに、南麻布学園初等部の先生を強制されたあの箱である。あっと驚く麗夢が飛びつく間もなく、胸に抱えるように箱を両手にした皐月が、その蓋をずらした。たちまちドライアイスを何百トンも一度に昇華させたような真っ白い濃密な濛気が箱から噴出し、膨大な力が夢世界に溢れ出した。
『もう一回、今度こそちゃんと先生やってねっ』
視界を埋め尽くす白い煙の向こうから、荒神谷皐月の声が響いてくる。まるで銭湯や洞窟で放った大声のように妙にくぐもった声が反響し、煙に吸い込まれるように消えていく。
やがて、白い煙が跡形もなく宙に溶け、夢世界をパンクさせかねないほどの力も、場を支配する独特の重みだけを残して解けた。
これでよし。
安堵して蓋を元に戻した皐月は、再び晴れ渡った夢世界に、驚きをもって首を傾げることになった。
「あれ? なんで?」
目の前に、死夢羅=ルシフェルと麗夢、それに、アルファベータの小柄な姿が見える。死夢羅は漆黒のマントに大鎌を持ち、麗夢は肌もあらわな夢の戦士の姿で大剣を構えている。
けして、地味なスーツに黒いアームカバーと言う、皐月がイメージした教師定番コスチュームではない。
皐月の戸惑いに、紫、星夜も不審と動揺の色を隠せずキョロキョロと二人と二匹を見回した。
一人琴音だけが、じっと変化しない状況を見据えてつぶやいた。
「……夢の中だから……」
その言葉を聞いて、ルシフェルは久しぶりに心を昂らせながら、唇をひねりあげて嘲笑した。
「ふぁっはっはっ! わしを誰だと思っている! 現実世界では油断したが、もう二度目はないぞ!」
麗夢もまた、ほっと一息ついて、4人組を睨み据えた。
「どうやら夢の中では私たちの方が力が上みたいね」
「さあ、その箱、渡してもらおうか!」
鎌を振り上げたルシフェルが、いきなり皐月に飛びかかった。驚愕から覚めやらぬ皐月は、ただ呆然と立ち尽くすばかりである。
「待って……!」
慌ててルシフェルを制止しようとした麗夢は、ルシフェルの鎌がかすりもせずに空を切ったのを見て驚いた。目を見開いて固まったままの皐月達が突然消え、10mは下がったところに、ほぼ同時に同じ姿で再び現れたのだ。
「間一髪だったね」
ふう、と額を拭う紫に、皐月が抱きついた。
「ありがとう紫!」
「ちょっ! 待って顔が近いぃっ!」
今にもキスの嵐を降らせようとする皐月を振りほどこうと紫がもがく。やれやれ、と星夜が腕を組んで苦笑いし、琴音が静かに、凛とした声で叱りつけた。
「……まだ早い!……」
あ、そうだった、と紫を離した皐月は、10m先で、怒りに任せ凶悪なオーラを惜しげも無く噴出させる死神の姿に、ニコリと笑った。
「残念でした! 玉手箱はあげないよ!」
「あなた達も超能力が使えるの?」
ようやくルシフェルに追いついた麗夢は、驚きのまま皐月に言った。あの能力、まさに眞脇由香里が見せたテレポーテーションそのものではないか! 対する皐月、紫、星夜は、ニコニコしたまま首を傾げた。
「さあどうかしら?」
「ここは夢の中だからねぇ」
「何でもありなんじゃない」
ねー、と3人揃えて声を合わす。
「だからこんな事もできるわけだ。無粋だけどね」
向き直った星夜が、大きすぎる白衣を勢い良く脱ぎ捨てた。途端に、ガチャリ、と重々しい金属音を奏でながら、麗夢には記憶も生々しい、オプション満載のブルマ姿が現れた。
「そっちが強すぎて玉手箱が効かないのなら、叩いてのして弱くすればいいわけだ」
星夜が、かつて姉の日登美が装着していたのと全く同じパワードスーツに身を固め、危険極まる砲口を、ルシフェルと麗夢に突きつけた。
「多分死なないだろうけど、死んでもすぐ生き返らせてあげるからねっ!」
物騒な宣言を引き金に、ミサイルの乱射が始まった。猛烈な爆炎が幾つも花開き、耳をつんざく爆裂音と衝撃波が、麗夢とルシフェルを包み込む。
「馬鹿め! 効かぬわっ!」
爆炎を切り裂いて、ルシフェルが一瞬で間合いを詰めた。振りかぶられた大鎌の刃が、斑鳩星夜のがら空きになった左の胴めがけて疾走する。だが、一刀両断を確信した死神渾身の一撃を、星夜は脅威的なパワーで受け止めた。
「そっちのも、効かないね」
死神の鎌が直撃したはずの装甲には、カスリ傷一つ見当たらない。それでも、ルシフェルが叩きつけた力は尋常ではない。装甲は破れずとも、その勢いだけで身体が吹っ飛び、背骨をへし折らずにはいられなかったはずだ。だが、星夜はただにやりと笑みを浮かべ、ルシフェルの懐にミサイルランチャーを突きつけた。
「でも、そっちはこの距離だとどうかな?」
ルシフェルの目に、初めて動揺が閃いた。とっさに引こうと身を翻しかけたが、星夜の反応はそんなに鈍くは無かった。
「遅いよ、教頭先生!」
たちまち密着した星夜とルシフェルを、0距離で炸裂した先に倍する爆炎が呑み込んだ。自らも巻き込むことも厭わない星夜の戦法に、さしものアルファ、ベータも息を飲む。それでも、今度ばかりはルシフェルも辛くも逃げ切った。とっさに麗夢が跳びかかり、ルシフェルを危険域からはじき出したのである。
「痛たたた、大丈夫? ルシフェル」
死地からは逃れたとは言え、凄まじい爆発は打撃を受けるには充分すぎる。麗夢は軽く先が焼け焦げた自慢の前髪に舌打ちしつつ、だき抱える形になったルシフェルに声をかけた。
「離せ! 誰が助けろと言った!」
ルシフェルは声を荒らげて麗夢を振り払った。ルシフェルもまた、ひしゃげた鎌を持つ腕を無残にもむき出しにして、焼け焦げた瀟洒なスーツのあちこちから、白い煙をくすぶらせている。
麗夢は頬をふくらませてルシフェルに言った。
「何よその態度! 全く、油断しすぎなのよ貴方は!」
「綾小路先生もねっ!」
「え?」
突然暗い影が、麗夢とルシフェルにかかった。何? と頭上を振り仰いだ麗夢の視界が、突如出現し、急速に落下してくる巨大な岩の群で埋め尽くされる。
サイコキネシス!
同じように襲われた時の記憶が、フラッシュバックになって麗夢の脳裏に電光を発した。これは、荒神谷弥生の得意技ではないか!
夢の中だから出来るのか、はたまた彼女らも姉達と同じ力を持っているのか、
そんな詮索をしている暇もない。麗夢は必死に飛びすさり、落ちてくる岩を全力で避けた。アルファ、ベータも巨獣化して、麗夢の回避を援護する。一方ルシフェルは、まるで岩など目に入らない様子で、今はスクラップになった自慢の鎌を投げ捨てると、無造作に立ち上がった。
「こっちの都合ってモノがあるんでね」
皐月と星夜の言葉に、ルシフェルが眉をそびやかした。皐月のペースで弛緩していた空気が、軽く帯電したかのように麗夢の肌を刺す。
「勝手なことをされたら困るんです」
「……」
そんな空気もお構いなしに、紫と琴音がうんうん頷くと、皐月が満面の笑みで言い放った。
「だから、やり直しを宣言します」
「……やり直し?」
「どういう事だ」
「こー言うことです!」
皐月がまっすぐ右手を頭上にかざした。すると、瞬きする間もなく空中からあの「箱」が現れ、その手のひらに収まった。ルシフェルと麗夢、当代最強と呼んで差し支えない二人が何の抵抗もできずに、南麻布学園初等部の先生を強制されたあの箱である。あっと驚く麗夢が飛びつく間もなく、胸に抱えるように箱を両手にした皐月が、その蓋をずらした。たちまちドライアイスを何百トンも一度に昇華させたような真っ白い濃密な濛気が箱から噴出し、膨大な力が夢世界に溢れ出した。
『もう一回、今度こそちゃんと先生やってねっ』
視界を埋め尽くす白い煙の向こうから、荒神谷皐月の声が響いてくる。まるで銭湯や洞窟で放った大声のように妙にくぐもった声が反響し、煙に吸い込まれるように消えていく。
やがて、白い煙が跡形もなく宙に溶け、夢世界をパンクさせかねないほどの力も、場を支配する独特の重みだけを残して解けた。
これでよし。
安堵して蓋を元に戻した皐月は、再び晴れ渡った夢世界に、驚きをもって首を傾げることになった。
「あれ? なんで?」
目の前に、死夢羅=ルシフェルと麗夢、それに、アルファベータの小柄な姿が見える。死夢羅は漆黒のマントに大鎌を持ち、麗夢は肌もあらわな夢の戦士の姿で大剣を構えている。
けして、地味なスーツに黒いアームカバーと言う、皐月がイメージした教師定番コスチュームではない。
皐月の戸惑いに、紫、星夜も不審と動揺の色を隠せずキョロキョロと二人と二匹を見回した。
一人琴音だけが、じっと変化しない状況を見据えてつぶやいた。
「……夢の中だから……」
その言葉を聞いて、ルシフェルは久しぶりに心を昂らせながら、唇をひねりあげて嘲笑した。
「ふぁっはっはっ! わしを誰だと思っている! 現実世界では油断したが、もう二度目はないぞ!」
麗夢もまた、ほっと一息ついて、4人組を睨み据えた。
「どうやら夢の中では私たちの方が力が上みたいね」
「さあ、その箱、渡してもらおうか!」
鎌を振り上げたルシフェルが、いきなり皐月に飛びかかった。驚愕から覚めやらぬ皐月は、ただ呆然と立ち尽くすばかりである。
「待って……!」
慌ててルシフェルを制止しようとした麗夢は、ルシフェルの鎌がかすりもせずに空を切ったのを見て驚いた。目を見開いて固まったままの皐月達が突然消え、10mは下がったところに、ほぼ同時に同じ姿で再び現れたのだ。
「間一髪だったね」
ふう、と額を拭う紫に、皐月が抱きついた。
「ありがとう紫!」
「ちょっ! 待って顔が近いぃっ!」
今にもキスの嵐を降らせようとする皐月を振りほどこうと紫がもがく。やれやれ、と星夜が腕を組んで苦笑いし、琴音が静かに、凛とした声で叱りつけた。
「……まだ早い!……」
あ、そうだった、と紫を離した皐月は、10m先で、怒りに任せ凶悪なオーラを惜しげも無く噴出させる死神の姿に、ニコリと笑った。
「残念でした! 玉手箱はあげないよ!」
「あなた達も超能力が使えるの?」
ようやくルシフェルに追いついた麗夢は、驚きのまま皐月に言った。あの能力、まさに眞脇由香里が見せたテレポーテーションそのものではないか! 対する皐月、紫、星夜は、ニコニコしたまま首を傾げた。
「さあどうかしら?」
「ここは夢の中だからねぇ」
「何でもありなんじゃない」
ねー、と3人揃えて声を合わす。
「だからこんな事もできるわけだ。無粋だけどね」
向き直った星夜が、大きすぎる白衣を勢い良く脱ぎ捨てた。途端に、ガチャリ、と重々しい金属音を奏でながら、麗夢には記憶も生々しい、オプション満載のブルマ姿が現れた。
「そっちが強すぎて玉手箱が効かないのなら、叩いてのして弱くすればいいわけだ」
星夜が、かつて姉の日登美が装着していたのと全く同じパワードスーツに身を固め、危険極まる砲口を、ルシフェルと麗夢に突きつけた。
「多分死なないだろうけど、死んでもすぐ生き返らせてあげるからねっ!」
物騒な宣言を引き金に、ミサイルの乱射が始まった。猛烈な爆炎が幾つも花開き、耳をつんざく爆裂音と衝撃波が、麗夢とルシフェルを包み込む。
「馬鹿め! 効かぬわっ!」
爆炎を切り裂いて、ルシフェルが一瞬で間合いを詰めた。振りかぶられた大鎌の刃が、斑鳩星夜のがら空きになった左の胴めがけて疾走する。だが、一刀両断を確信した死神渾身の一撃を、星夜は脅威的なパワーで受け止めた。
「そっちのも、効かないね」
死神の鎌が直撃したはずの装甲には、カスリ傷一つ見当たらない。それでも、ルシフェルが叩きつけた力は尋常ではない。装甲は破れずとも、その勢いだけで身体が吹っ飛び、背骨をへし折らずにはいられなかったはずだ。だが、星夜はただにやりと笑みを浮かべ、ルシフェルの懐にミサイルランチャーを突きつけた。
「でも、そっちはこの距離だとどうかな?」
ルシフェルの目に、初めて動揺が閃いた。とっさに引こうと身を翻しかけたが、星夜の反応はそんなに鈍くは無かった。
「遅いよ、教頭先生!」
たちまち密着した星夜とルシフェルを、0距離で炸裂した先に倍する爆炎が呑み込んだ。自らも巻き込むことも厭わない星夜の戦法に、さしものアルファ、ベータも息を飲む。それでも、今度ばかりはルシフェルも辛くも逃げ切った。とっさに麗夢が跳びかかり、ルシフェルを危険域からはじき出したのである。
「痛たたた、大丈夫? ルシフェル」
死地からは逃れたとは言え、凄まじい爆発は打撃を受けるには充分すぎる。麗夢は軽く先が焼け焦げた自慢の前髪に舌打ちしつつ、だき抱える形になったルシフェルに声をかけた。
「離せ! 誰が助けろと言った!」
ルシフェルは声を荒らげて麗夢を振り払った。ルシフェルもまた、ひしゃげた鎌を持つ腕を無残にもむき出しにして、焼け焦げた瀟洒なスーツのあちこちから、白い煙をくすぶらせている。
麗夢は頬をふくらませてルシフェルに言った。
「何よその態度! 全く、油断しすぎなのよ貴方は!」
「綾小路先生もねっ!」
「え?」
突然暗い影が、麗夢とルシフェルにかかった。何? と頭上を振り仰いだ麗夢の視界が、突如出現し、急速に落下してくる巨大な岩の群で埋め尽くされる。
サイコキネシス!
同じように襲われた時の記憶が、フラッシュバックになって麗夢の脳裏に電光を発した。これは、荒神谷弥生の得意技ではないか!
夢の中だから出来るのか、はたまた彼女らも姉達と同じ力を持っているのか、
そんな詮索をしている暇もない。麗夢は必死に飛びすさり、落ちてくる岩を全力で避けた。アルファ、ベータも巨獣化して、麗夢の回避を援護する。一方ルシフェルは、まるで岩など目に入らない様子で、今はスクラップになった自慢の鎌を投げ捨てると、無造作に立ち上がった。