Creator's Blog,record of the Designer's thinking

フィールドワークの映像、ドローイングとマーケティング手法を用いた小説、エッセイで、撮り、描き、書いてます。

ZEISSの空気66. 首里城!

2019年12月31日 | Okinawa

 

 年末に今年1年を振り返って、1つ画像をあげとすれば、やはりこれだろう。

 今年の初めに首里城全体の建築群がほぼ完成し往事の首里城の空間が蘇った。やはり王宮であり御殿だった。首里王朝の頭首、尚氏一族と同じ目線で海を眺めるとき、やはり海洋交易国家としての首里の姿が浮かび上がるようだった。

 本殿の中に建築軸組模型が展示されていた。調度軒先などはどんな納まりをしていたのか、ということなどが疑問になったので何回目かの見学に出かけたのだった。そしたら意外に単純な構造だと思われたし、多分そうだったのだろうと納得していた。また書院などをみていると、やはり江戸時代の空間だなぁー、それは少し違うのではないかと思いつつ、撮影しつつ、の見学だった。

 そして私が見学した2週間後に首里城は、焼失してしまったのである。電気による小さな火種から、どうして大きな火災になったかは、やはりフレッシュエアがどこかで供給されてバックドラフト現象が起き爆発的に燃え広がったのだろう。

 原因はともかく、みといてよかったぜ。

 沖縄県内には、確認されているだけで62の城跡があり、そのなかでも首里、勝連、中城、今帰仁、座喜味が巨大グスクとして城趾が世界遺産に登録されている。これら5グスクの城壁の過半は、登録に伴い復元されたものだ。その城壁内の建築群に至っては、確固たる論拠が提出されているわけではない。だから戦前まで建築群が存在した首里城をのぞけば、中世の建築についてはわからない。そこを発掘調査の出土品を手がかりとして想像復元できないかと考えていたのである。そこで建築群が完成したばかりの首里城を見学していたのである。

 首里城が焼失しても設計図が残っているから比較的早い時期に復元できるとしても、沖縄の城は、それ1つだけではないのです。

 さてお正月は、Macのメンテナンスもしたいので、このブログも少しお休みします。特にでかけるスケジュールがないので画像のストックはないままです。万が一京都市内に雪でも降れば別ですが・・・、雪は今年も期待薄かなぁー。


京都市観光案内:京都Navi

https://ja.kyoto.travel

 

 沖縄県那覇市(2019年10月18日)

SONYα6000、E10-18mm,F4.0

1)ISO100,焦点距離18mm,露出補正0,f/9.5,1/350

2)ISO5000,焦点距離18mm,露出補正0,f/4,1/60

3)ISO3200,焦点距離18mm,露出補正0,f/4,1/60

4)ISO2000,焦点距離10mm,露出補正0,f/4,1/60

5)ISO200,焦点距離18mm,露出補正0,f/4,1/60

6)ISO5000,焦点距離10mm,露出補正0,f/4,1/60

7)ISO100,焦点距離18mm,露出補正0,f/5.6,1/90

 

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ZEISSの空気65. トックリキワタ

2019年12月20日 | Okinawa

 10月から12月に書けて那覇市内の街路樹に綺麗な花が咲く。トックリキワタと呼ばれるアオイ目パンヤ科の亜熱帯種だ。葉が赤くなる紅葉ではないが、花が咲くから桜の開花と似た現象だ。

 ここ開南は、郊外から市内に入るバス路線の多くが通過する要衝的なバス停だ。背後に大きなトックリキワタの高木があって夏は木陰があるなんざあ、いかにもバスを待つのに相応しいバス停だと思う。願わくばバス停は、こうありたいといつも思うほど。バス停の見本みたいなところだ。

 多くの路線バスは開南のバス停を経由し、いつも渋滞している国際通りを避けて、旭橋のバスターミナルや三重城へ向かう。だから私もここで降りて、以前ならば昭和の空気が残る農連市場を徘徊した。すでに農連市場は建て替えられており往事の空気はないから、今では牧志市場へと選択肢が減ったのは寂しい限りだ。

 この日は、もう飽き飽きている牧志市場の路地を抜け、浮島通りから県庁前にでて、バスで西武門の常宿へ向かった。沖縄でも暖房が欲しいぐらい寒い日だった。だが定宿には暖房がないから風呂に入り夜馴染みのスナックで熱燗泡盛で暖まり、そく寝たけど、やはり風邪をひいた。中国からの大型寒気団が沖縄にも到達していて、例外的に寒い日が三日続いた。

 


那覇市(2019,11,23)

SONYα6000、Carl Zeiss Vario-Tessar E 4/16-70mm

1)ISO250,焦点距離40mm,露出補正0,f/8,1/90

2 )ISO500,焦点距離16mm,露出補正0,f/4,1/60

3)ISO4000,焦点距離35mm,露出補正0,f/8,1/60

 

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ZEISSの空気63. 沖縄に出かけて風邪

2019年12月13日 | Okinawa

 12月3日から10日まで沖縄にいた。

 時間のあるときに沖縄県公文書館へ日参し、古い文献と格闘していた。結論としては探し求める文献は、中世のことだから大変少ない。私が探し求めている文献は国内にはなさそうだ。それならば、それでよかろうというこちらの研究の判断もしやすい。

 トップの図は、琉球に侵攻した薩摩の島津家文書であり、琉球三司官起請文、勝連盛祐起請文(きしょうもん)である。文面に享保8年とあるから1723年の文書の一部だ。

 Wikによれば起請文は、平安時代から江戸時代までの古文書の形式であり、自分の行動を神仏に誓って遵守履行すべきこと、違反した場合は罰を受ける旨を記載した文書と解説してある。

 勝連盛祐がなにをしようとしているかは解読していないが、江戸時代の文書であり、私が求めているのは室町時代だから、これは研究対象外。

 それにしても、花押といったらよいのか、朱印というべきか、文面の背後に書かれている署名のサインが面白い。どうもカラスのようだ。やたがらすは下鴨神社で用いられている文様だが、それとは少し異なり群れになって描かれている。それにどんな意味があるかなと方向違いの思索をしていた。

 沖縄は、調度先週後半の大寒波が来ていた。地上の最低気温15°前後、しかも冷たい北風が本島に吹きつけすこぶる寒かった。もちろんダイビングの船は出ない。ならば寒いから暖房を入れよう・・・、その暖房がホテルのエアコンにも街のカフェにも公共施設にもない。最初から暖房設備をつけない沖縄だ。だから毎晩馴染みのスナックに通い泡盛の熱燗で暖をとり、そのまま寝てしまうという生活だった。

 そして那覇から帰る頃には、熱が出て喉が痛いし身体がだるい。那覇空港に向かうタクシーの運転手さんから、沖縄に来て風邪をひいて帰る人は多いですよと聞いた。這々の体で京都に戻り病院へ直行し風邪薬を処方してもらった。抗生物質、解熱薬、それに喉の薬にうがい薬、漢方薬までつけてもらい、先ずは一晩で風邪症状がほんの少しだけ緩和したのは幸いだった。

 さて1日風邪の静養をし、次は静岡へ。

 こういうとき自分の家が一番良い、というのが通例のいい習わしだが、今の私にはとてもそうは思えない。京都市内の最低気温3°の予報をみると、すでに暖かい地方へ逃げ出したいぐらいだ。それほど沖縄とは体感する温度差が大きい。逃げ出したいけど、逃げられない、そこが自分の家の不自由なところだ。


 


沖縄県公文書館、那覇市内

SONYα6000、Carl Zeiss Vario-Tessar E 4/16-70mm

1)ISO100,焦点距離28mm,露出補正0,f/4,1/90

2)ISO100,焦点距離23mm,露出補正0,f/4,1/125

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EOSな日218. 牧志市場の建替

2019年11月08日 | Okinawa

図1)牧志第1公設市場


図2.旧農連市場


図3.旧農連市場


図4.現在の農連市場


 ふぅーん、牧志第1公設市場建替え事業が始まったのか。したがって市場内の店舗は、近所の仮設建築に移転している。今日は超広角15mmレンズ持参だから、一気に壊される建物ぐらいはとっておこう。帰ってから読みこんだ画像を整理していたら市場の画像がない!!。違う建物なんかを撮っているわけさ。そこで過去画像から引き出した。

 市場を建替で都市の魅力が継承されるかというと、必ずしもそうではないことを、私は農連市場建替事業を傍観していて経験した。物流機能は整備されたが、都市の市場としての魅力が消えてしまったのだ。

 そうした市場の魅力がなんであったかと考えれば、それは、生業の糧を得る権利がみんなに与えられていたことだろう。物流業者、商店主、近郊から野菜をもってやてくる農家の人々、調達した野菜を漬け物にして(つまり付加価値をつけて)売り歩くお婆さん達といった具合に、多くの人々に対して均等に生業の糧を得る権利が与えられていたことだ。市場に行けば、そんな自由な空気と濃密なコミュニティがあっただろうし、そこが市場の魅力だったのだろう。

 市場の建替が行われると、新しい建物に出店できる条件が細かく定められ、その条件を満たした人達しか出店できないテナントビルにかわってしまう。もはや近郊農家から野菜をもってくる必要も無いし、お婆さん達が漬け物を売り歩く姿もなく、そして商いながらのコミュニティもない。それは市場の名前を借りたテナントビルだ。

 そんなふうにみてくると、日本の現代社会の姿に近づいてゆく。みんなに平等に生活の糧を得る権利を維持しようとする意識がない。それはアメリカ社会のように、平等に成功する機会を与える、こととも違うようだ。年老いたら忙しい人間達の邪魔だから老人ホームにでもいっててくれよ、といわんばかりの排他的日本の社会がある。

 そんな排他的社会の典型例のような新装された農連プラザをのぞくと、訪れる人がいない閑散としたビルだ。もちろん出店者を絞ったために以前と比較して出店数は少ない。さらにお客さんが皆無だしシャッターを降ろした店が多いのは驚かされる。それは私の見間違いで実は、かってのように夜中にやっているんですよと、いうことなのだろうか!?。つまり小さな生産者が生業の糧を得る権利があった市場が1つ消え、大きな物流システムだけが残ったと理解しておこう。

 

沖縄県那覇市

EOS1Dsmark3、EF16-35mmL

ISO400,焦点距離21mm,露出補正0,f/4.3,1/25

OLYMPUS E-M5、M.ZUIKO DG17mm/F2.0

ISO1600,焦点距離21mm,露出補正0,f/5.6,1/80

ISO1600,焦点距離21mm,露出補正0,f/5.6,1/80

SONYα6000,Carl Zeiss16-70mm/F4.0

ISO1600,焦点距離35mm,露出補正-0.3,f/4,1/60

 

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ZEISSの空気58. オーバー・ツーリズム

2019年11月07日 | Okinawa

 夜、若狭のPAPASへ寝酒を飲みに出かけ、帰りしなに松山通りの先に大型クルーズ船が停泊している光景をみて、宿に戻り撮影機材をとってかえし撮した画像。那覇の街に建ち並んでいるマンションよりはるかに大きなクルーズ船が、ゆっくりと岸壁を離れてゆく姿は迫力あるだろうと想像していた。

 那覇でテレビを見ていたら、毎週水曜日に、この大型クルーズ船が宮古島に接岸され、5,000人の中国人インバウンドが訪れるそうだ。沖縄県宮古市の人口が5.4万人なので、水曜日だけ街の人口が1割増加する。そしてドラッグストアで日本製品をカート一杯に買いあさり、少しばかりの観光をし、砂浜にゴミを捨てて、帰ってゆくと地元テレビニュースは報じていた。

 そんな実例をみるまでもなく、最近オーバー・ツーリズムという言葉を耳にする。バルセロナ、京都で。

 京都を例にあげれば、観光客数が増えるのではなく、日本人観光客が減少し、外国人観光客が増大し、例えば舞妓パパラッチといった言葉が示すように敷居の高さを共有しない外国人達が押しかけ、生活市場だった錦が観光客相手のジャンクフード店に変わりと、異文化の侵入によって日本人が押し出された格好になってきた。観光客が多すぎて京都の風情がない、マナーが悪い、いつも道路が混む、バスにも乗れない、などなど、オーバー・ツーリズムの弊害も出てきている。

 そうした波が沖縄にも、押し寄せよつつあるわけだ。


沖縄県那覇市

SONYα6000、Carl Zeiss16-70mm,F4.0

ISO12800,焦点距離70mm,露出補正+0.3,f/4,1/90

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ZEISSの空気57. 首里城炎上、バックドラフト現象が起きたのではないか?

2019年11月06日 | Okinawa

 

 ダイビングで1週間沖縄にいた。10月31日は午後から半日ダイビングだった。

 10月31日、ハロウィーンの日の朝、首里城炎上!?、最初に気がついたのが、このgooの沖縄在住者のブログだった。そこでテレビをつけたら首里城正殿、南殿、北殿が燃えている、そしてくずれ落ちてしまった。

 テレビの画像を見ながら、建築専門家の立場で火災の原因を考えていた。

 建築設計の経験がある人間ならば誰しもが原因は電気だとすぐに察しがついただろう。というのも火気を全く使用しない建築群であり、夜間城門が閉められるから、失火や放火の可能性はない。

 そして2つの原因が連続して発生したと考えられる。

 1つめの原因は、前夜までイベントの準備をしていたとメディアは報じていたから、投光器などを使用したことで過電流となりジュール熱が発生し、電気配線や設備がくすぶりだしたのだろうと考えた。これだけならば、2時間ほどくすぶり一酸化炭素が充満するか、一部の火災程度ですんだ可能性もあるだろう。首里城建築群自体は文化財ではないと記憶しているので、電気配線が建物内を走っていたのだろう。

 2つ目の原因は、火災報知器が鳴り出したので、ガードマンが消化器をもって正殿左側のシャッターを開けたことにより、密閉された正殿内にフレッシュエアが一気に入り込み、バックドラフト現象を引き起こしたとする考え方ができる。これによって、それまでくすぶっていた火が爆発的に拡大した。

 バックドラフトとは、密閉された空間に一酸化炭素がたまった状態の時に窓やドアを開閉する人間の行為によって、新鮮な酸素が外部から供給され爆発的な火災となる現象である、それはガス爆発といってもよい状態だろう

 従って正殿内にくすぶっていた一酸化炭素が一瞬にして爆発的火災となり、一気に正殿全体に火がまわったとする考え方である。こうした爆発的火炎になると、もう消防の力では消すことができない。あとは燃えるにまかせ、消防にできることは精々延焼を防ぐ程度しかできない。結局奉神門のある建築を1/3ほど延焼して火勢は止まったが、すでに11時間燃え続け、正殿、北殿、南殿、二階殿などの主要な建築群を焼失していた。

 火災時にスプリンクラーがついていないことがメディアで報じられたが、スプリンクラーは天井居室側につけるので、天井裏でくすぶっているときは有効ではない。さらに電源を喪失しているのだから、屋外放水銃や室内テレビカメラは早い時期に使えなかったはずだ。それよりは臭いをかぐべきだった。カードマンがシャッターを開けたことによりバックドラフト現象を引き出してしまったのではなかろうか。いずれ政府の公式調査報告書がだされるであろうから、正しい理解は、それを待ちたい。

 やはり正殿は密閉性が高い上に文化財を展示していたので、博物館などの収蔵庫として考えるべきだったのだろう。消化方法は二酸化炭素の注入であり、設備として二酸化炭素消化器を備え付けておけば初期消火が可能だった。

 かくして日本政府が所有する首里城は焼失してしまった。だが建築設計図が残されているので2年程度で復元できるだろう。それよりも400点ほどの沖縄の文化財が消失したとメディアは報じていた。そうであれば、これは永久にもどらない。こちらの方が痛い。

 そんなことを火災当時、那覇で考えていた。尚掲載した画像は過去画像を取り出し、今回、同位置から撮影した画像と並べてみた。


沖縄県那覇市

SONY α6000、Carl Zeiss Vario-Tessar E 4/16-70mm

1)ISO100,焦点距離70mm,露出補正0,f/8,1/350、2019年11月5日撮影

2)ISO100,焦点距離70mm,露出補正+0.3,f/9,1/250、2018年9月9日撮影

3)ISO100,焦点距離70mm,露出補正-0.5,f/8,1/250、2019年11月5日撮影

OLUMPUS E-M1 Mark2、M.ZUIKO DG12-100mm/F4.0

4)ISO3200,焦点距離100mm,露出補正-3.7,f/5.6,1/30、2018年11月12日撮影

 

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Nikon Freak421. 沖縄の画像で口直し

2019年09月29日 | Okinawa

 

 昨日のブログは、昔の都市開発のコンセプトクリエイターの癖が出て構想案などを書いてしまった。今思うと、おぞましぃーい!。もうあのころの世界、あの頃の私、あのやくざな世界には、戻りたくない!!、今では忘れたい悪夢なのだ!!!。ならば口直し!、口直し!!、そこで沖縄の今年の画像をかき集めた。沖縄の画像で口直しだ!!!。

 トップ画像と3番目の画像のレンズは、Carl ZeissのMacro Planarだ。うーーん、とても綺麗な画像だと魅了されて持ち出し、重くて嫌気がさして仕舞い込む不思議なレンズ。こんな画像を思い出すと、次の沖縄にまたもってゆくんだろう。レンズ交換が面倒なので、建築用広角ズームも添えて・・・。

 

 2番目と4番目は、いつものニコンW300だ。このときは慶良間諸島前島だった。水がとても綺麗な時だった。水深30mまでなら、この機材で十分だが、次回沖縄ではそれ以上潜る可能性がある。この機材を水没させると後がない。やはり大切に使おう。それでGoProを調達したんだった。

 5番目の画像は、SONYα6000に広角ズームレンズだ。軽いのでいつも持参するのだが、マクロプラナーを見てしまうとなぁー迷う。西武門(にしんじょう)のゲストハウスMR.KINJOの裏は風俗街なのだ。ここは不人気要素があるから宿が取りやすいと思っている。宿はとてもよいのだ。

 さて、これだけ書けば口直しになったか・・・。

 話題は変わるが、このブログのアクセス解析のなかに、アクセスされたページがあり、私の過去ログを引き出してくれる。今呼んでも興味深い素材を扱ったので再掲しておく。

 2018年04月06日ハンナ・アーレント

 ドイツのマルチン・ハイデッガーの弟子ハンナ・アーレント(1906-1975)は、「ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判を観察・考察した結果、アイヒマンの性格として当事者意識の欠落、問題回避・責任転嫁、目の前の行為が起こす結果への判断力の麻痺、想像力の欠落、といった特性が浮かび上がった。これらは凡庸な人間の特性だ。凡庸だからこそ大虐殺もできたのだろうとするハンナ・アーレントの論理を抽出した」。

  凡庸な人間、つまり組織の調和を乱さないことを重んじ、言われたとおりにしか動かない小役人のような人間は、今も私達の回りに数多くいる。換言すれば私達の身の回りにもアドルフ・アイヒマンのような凡庸な性格の人間達の存在を否定できないのである。

  ・・・・

 だからアンナ・ハーレントは、「凡庸であるな!、考えて、考えて、考え抜け!!、考えることで人間は強くなる」と結論づけた。映画ハンナ・アーレントは、そうした彼女の哲学を8分間の講義の場面のなかで表現している。大いに頭をシャキンとさせてくれる。

 それは、現代においても通じることで、世論の風潮や政治ノイズにかき回されることなく、自らが論理的且つ科学的論拠に基づいて、研究して、研究して、研究しつくせ!、そうすることで適切な判断にたどりつく、といわれているように思われる。

 ここまで書いてきてようやくいつもの自分のペースに戻った。

 さて次回沖縄行き撮影機材はこれにしようか。何々!、4台も持って行く!、重たいぜ!。使うのかなぁー、那覇で・・・!??、半信半疑。


沖縄県

1)那覇市東町

NikonDf、CarlZeiss Macro Planar100mm/F2.0

ISO3200,焦点距離100mm,露出補正-1.67,f/8,1/100

 2)慶良間諸島

NikonW300

ISO125,焦点距離7.8mm,露出補正0,f/4.3,1/160

3)那覇市牧志市場

Carl Zeiss Macro Planar100mm/F2.0

ISO800,焦点距離100mm,露出補正-0.67,f/2,1/200

 4)慶良間諸島

NikonW300

ISO125,焦点距離4.7mm,露出補正0,f/2.8,1/200

5)那覇市辻

SONYα6000,E10-18mm/F4

ISO500,焦点距離18mm,露出補正-0.3,f/4,1/60

6)

iPhon7

ISO100,焦点距離3.99mm、露出補正0,f/2.8,1/60 

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ZEISSの空気51. 那覇の湿度

2019年09月20日 | Okinawa

 

 さてダイビングも文献探しも終わり、夜の飛行機までには時間がある。そこで沖縄県人達と桜坂のハイヤット・リージェンシー・ホテルでランチ・バイキングをしていた。ランチ前にホテルの側の市場界隈を散策した。あらら、レンズが曇っているぐらいだから、那覇の湿度は相当高い。まあいいか、それも那覇の空気だからそのまま撮影していた。

 この牧志市場界隈も、沖縄へ来る毎に徘徊するが、タイミングがわるいのか、経営者が高齢なのか、いつもシャッターが降りている店が多い。多分1/2ぐらいはシャッターが降りていると推測。そういえば、かっての農連市場は真夜中に店が開いていた。まさか真夜中にやっているのか・・・。

 そんなシャッター街を徘徊し、汗だくになりつつハイヤットへ逃げ込んだ。さてランチ・バイキングで涼もう。

 最近α6000にツァイスのレンズではなく、SONYの広角ズームをつけっぱなしにしている。これが建築系の人間にとっては便利なのだ。だからブログのタイトルは、ZEISSの空気ではなくSONYの空気なのだけど、変えるのが面倒だという理由でそのままにしておこう。ZEISSの空気の時もたまにはあるという意味で。

 夜の那覇空港も情緒があって・・・違う、違う、人で混んでいて騒がしいのよ。さっさとpeachで荷物を預け、いつものA&Wでハンバーガーをたべながら帰りの飛行機を待っていた。


那覇市桜坂、牧志市場界隈

SONYα6000、E10-18mm,F4.0

1)ISO100,焦点距離18mm,露出補正-0.3,f/5.6,1/500

2)ISO400,焦点距離18mm,露出補正0,f/4,1/60

3)ISO320,焦点距離18mm,露出補正-0.3,f/4,1/60

4)ISO100,焦点距離18mm,露出補正0.3,f/4,1/30

5)ISO100,焦点距離16mm,露出補正0,f/9.5,1/200

 

 

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番外編416. このブログも1週間ほど休みます

2019年06月22日 | Okinawa


 世の中には相対的な構造が多い。政治支持の与党:野党といった政治カテゴリーに始まり、小は撮影画像データはjpegかRAWかといったことまで含めると、まるでSD法の対句のように数多くの相対的な構造に遭遇する。特に政治的・社会的な事に関しては、圧倒的に相対的構造ばかりだ。何でそんなに対句の相対化が好きなんだろうかと思った。

 そんな相対的構造を複数集め(大体20から30アイテムあれば十分)、そこに、最も良い〜最も悪い、という複数段階の数量評価を加えた回答を1000サンプルも集めれば簡単に多変量解析に乗せられる。その程度の解析なら私のMacにつんであるSPSSでもできる。そして合理性のある累積寄与率が得られればの話だが、例えば主成分分析なら7つまでの有効なFactorが抽出できたとすれば、そこに7つの要素からなる新しい構造が描かれる。それはもちろん相対的構造とは異なり、はるかに興味深い国民意識、あるいは志向性のシステムといった新たな構造が見えてくるかもしれない。

 意識構造から物理構造に話を持ち出すと、建築の構造はわかりやすい。ここ十数年は、コンピュータの進化もあり、特に構造計算を極限まで追い込んで建築の設計ができる。だから新しい構造がでててくる。つまり構造というのは、一つではなく複数、あるいは多数存在するのが今の工学系の認識だ。

 例えば、瀬島和世さんが設計した大阪芸術大学のアートサイエンスラボの建築をみていると、まさに構造計算の極地みたいで建築の可能性を示唆している。もちろん高強度鋼管柱(鋼管の中に高強度コンクリートをつめたもの)による技術の存在が大きいが。

 他方で建築は先駆的だが、誰がこの施設で教えるのかと内覧会の頁をくくると、最初に登場するのが客員教授ばかりじゃないか。客員教授は授業どころか学生達の指導は全くしない非常勤だから、精々作品展示ぐらいしかせず、つまり客寄せパンダですか。なんか建築と教育のオペーレーションがかみ合ってないのかと思った。そのあたりが、ハーバードのデザインスクールとは違うんだろうと思ってみていた。

 さて東京オリンピック・チケットの抽選会が先日あった。FBで私の教え子の新聞記者のスポーツ予測記事が面白かった。「メダル=税金」という毎度の強化合宿構造だってさ。あら!、FBは一方通行だからリンクしても意味ないか・・・。こうした予測記事があるとテレビ観戦の参考になるが400日も先の話だ。オリンピックの時はそんなこと忘れているしな。

 さて話が逸脱したところで、このブログも1週間ほど休みます。


沖縄県那覇市

iPhon7

ISO20,焦点距離3.99mm,露出補正±0,f/1.8,1/125

 

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ESOな日194. 美容室には初恋の味がした

2019年06月21日 | Okinawa

 

 


 話題を変えて、今日は那覇の画像にしよう。このときは4月だったが沖縄では既に夏の格好だ。それでも、建築の壁に当たる日差しは真夏ほど強くない梅雨入り前だから、多分この頃は心地よい季節だったのだろう。

 そう思いつつ一昨日は、延びすぎた髪を切りに新しい美容室へ出かけた。

 実をいうと浪人生の若い頃から、ずっと髪は美容室でカットしてもらっていた。なにしろ親戚が美容室というめぐまれた環境だったので通い続けたわけだ。

 その親戚の美容室に、綺麗でスタイルがよい若い女の美容師さんがいたので足繁く通った。いつもあうんの呼吸で一番似合う髪型にカットしてくれていた。これって絶対お互いの相性がよかったと確信している。後で思うと、あーっ嫁にしときゃよかった。でもこちらは浪人生だしなと当時は躊躇していたら、いつのまにか彼女はモデル修業をするといって消えていた。男と女の出会いって瞬間だ。そこでああっ、いいなと思ったら、それはまさにフィーリングなのだけど、相手も同じように感じて共鳴していたら、即ミッションだよ、というのが以後の私の教訓になった。

 いいなと思うだけじゃ一方通行だからアカンわけだ。お互いがいいなと思った時だけ固有の双方で共鳴するような、あうんのフィーリング感ってあると思う。そこを感じ取ってミッションできる素直さが、男と女の出会いには必要なんだと思われた。そんなわけで昔の美容室には初恋の味がした、そんな言葉を思い出していた。

 そんな好印象もあり、私はこれまで床屋に出かけたことが一度もなく、いつも美容室でカットをしている。

 以後下北沢の美容室に通い30年、ついに名カッターの主も廃業してしまった。次に京都市内の美容室へ通い始めた。その美容室も建物がゲストハウスに変わるというので、この3月に廃業。一昨日紹介されて少し郊外の美容室に通い始めた。

 随分一昨日の前置きが長かったね(笑)。

 さてそろそろ沖縄も梅雨が明ける頃だろう。

 

沖縄県那覇市

EOS1DsMark3,EF28-300-35mm/F2.8L IS USM 

ISO400,焦点距離300mm,露出補正-0.33,f/8,1/500

ISO400,焦点距離70mm,露出補正-0.33,f/8,1/640

ISO400,焦点距離300mm,露出補正0,f/5.6,1/50

 

 
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Nikon Freak386.  梅雨

2019年06月05日 | Okinawa

 

 トリッキーな沖縄の色といっても、ツァイスレンズとフィルムとの相性は大変悪い。逆にそれを活かす逆手撮りとでも呼ぶ方法があるのだろうか。トリッキーな色は、寂れた空気がある牧志商店街に似合っているのか・・・。ハッキリいえば色が悪いが、寂れた風景にあっている色のようでもある。

 フジカラーN100は、適正露出の前後±3〜4段分ぐらいのラチチュードの広さを持っているのが特徴だ。もちろんデジタル機材で撮影した画像と比較すれば、広範囲である。そこで私流に撮れば、常に-1の露出補正をするべきだと思われた。こんなつまんないことに気がつくと、次の沖縄もニコンF3持参で・す・か。今年は古い機材を使いたい気分ではないのだが・・・。

 さて、朝起きると最初にMacの前に座るのが習慣だから、モーニングを食べながら仕事の段取りを考えている。午前中の頭がクリアなときに仕事をかたづけようという算段だ。その合間にブログとFaceBookとのリンクをしておかなければとgooに手を染めると、いつのまにか画像を探してブログを書いている。それで午前中の時間がつぶれてしまう。一番頭がクリアなときにブログかよ・・・、困った習慣だ。

 さて今週の京都市内は、雨こそ降らないが曇天空だし、南方上に梅雨前線が停滞しているから梅雨入りしたのだろう。振り返ると五月晴れなどというのは10日もなかったし、その間私は一度も街の撮影には行かなかった。

 最近エアロビクスにウェイト・トレーニングを加えている。それは筋力が落ちいていることを実感したからだが。夜そんなトレーニングの帰りに、西京極から阪急電車に乗ろうとした矢先に人身事故発生のアナウンス。結局自宅までクールダウンのつもりで、1時間の道のりを歩いて帰る羽目になった。だから昨日は、マッサージもしたが体のだるさを引きずっていた。それでいてある種のスッキリ感はある。夕方、外の風が少し冷たい梅雨の京都だ。

 

沖縄県那覇市牧志市場

NikonF3+MD4、Carl Zeiss Distagon25mm/F2.8,フジカラーN100 

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Nikon Freak385. 揺らめいて陽炎となってゆく沖縄の光景

2019年06月04日 | Okinawa

 

 

 デジタル画像と比較すると、ネガカラーフィルムはラチチュード(絵として認識できる範囲)が広いという特徴がある。昔、誰でもが使ったことがある国民的フィルムフジカラーN100で那覇市内を徘徊した。

 2本のフィルムを現像をし、1本のフィルムはニコンF3のスプロケットに正しく装填されていなかったために何も撮されていなかった。フィルム固有の失敗だ。そうした失敗経験を次に活かしてゆく、というなんとも面白すぎる機械だ。

 モノクロ画像をみているとジャーナリスティックだ。そうなると沖縄が抱えている基地問題がある。

 例えば普天間基地の辺野古への移設問題に限ってみてみると、普天間基地周辺が都市化してきたので、基地の移転が望ましいとする都市問題が発端だったと記憶しているが、都市開発を推進してきた立場、つまり役人の立場からみれば筋書きは明白だ。

 辺野古への基地移転反対、工事予定地の地盤が悪く地盤改良には法外な費用と時間がかかる。そうであれば通例基本的な大きな問題が二つ揃うと事業は中止するのが一般的。そんなことは事業開始前の事前調査でわかっていたはずだが、それでも、できないことをあえてやるという政府の意図は何だろうか。

 それを探ると、工事が完成するまでの時間を、できるだけ先延ばししようとする遅延策があげられる。移設事業に着手して工事のまねごとをしているが、地域が反対し、地盤が悪い、とする複数の要素がでてきたことで基地完成までに時間がかかる。当然現政権では解決しない。工事のまねごとをしつつ国際情勢をみながら判断できる時間をできるだけ稼ごうとしているのではなかろうか。官僚達の手元には、複数の、いや多数のオルタナティブがすでにできあがっているだろう。少なくとも理論上ポジティブで7タイプ、ネガティブで7タイプ、合計14タイプの施策が考えられる。今その一つを実験しているわけだろう。

 「政府としては普天間基地周辺の都市化を改善すべく基地移転の努力はしていますが、なにぶん辺野古周辺の地盤が大変悪く工事が遅れているので、いつ移転できるかの時期はわかりません」、そんな答弁が予測できる。基地移転は都市化という国内事情によるものであり国際情勢を反映した事業ではない。だから国際情勢が変化するまで遅延させておいたほうが望ましいとする官僚達のスタンスがあるのだろう。あとは政治家を動かして時間を稼げばよい。それに普天間基地があるのだから在日駐留軍としては特に基地の移転を急ぐ理由がない。

 そんな風に考えてゆくと、施策が提案できる官僚達の強さが際立ってくる。実行には、民主主義の制度手続きをふめばよいから政治家を利用するという構造ができあがる。今は施策が立案できる能力が際立ってきている社会である。

 さて、最後の画像をみていると、古民家にピエト・モンドリアン風の看板ですか・・・。人間がどんな努力をしても熱い空気の中ですべてのことが揺らめいて陽炎となってゆく沖縄の光景は、どこか示唆的でもある。


沖縄県那覇市牧志市場

NikonF3+MD4、Carl Zeiss Distagon25mm/F2.8,フジカラーN100

 

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番外編412. うるま市の空気

2019年06月03日 | Okinawa

 ダイビングのあと18〜24時間は、気圧の低い飛行機に乗ってはいけないというのがPADIの教育。だからいつもダイビング後の仕事を持ち込むことにしている。そこで沖縄モノレールのコインロッカーに荷物を預け、那覇市内からから路線バスで1時間半ぐらいのうるま市立中央図書館を訪れた。

 いつもそうだが、観光ガイドに出ていない土地をはじめて訪れる時はワクワクする。どんな被写体に遭遇できるかとする撮影のための好奇心だろう。それに往復のバスの車窓も捨てがたい。

 ・・・と思いつつも図書館の文献検索に手間取り街を歩くまでには至らなかった。だからこの街で撮影したのは、iPhoneで撮影した1カットだけ。箸にも棒にもひっかからない画像をどうしようかと考えると、この手しかない。東松照明をはじめ沖縄を訪れたフォトグラファー達がよく行ってきた方法で、空を大きく入れハイコントラストで、そして画面が荒れていれば申し分ない。つまり意識下では、うるま市の空をとりたかったのだろう。

 感性のままにシャッターを押したのだから、そんな風に修正しないと沖縄の街は、何を撮ったかわからない画像ばかりになる。

 どんな感性が働いたかといえば、沖縄の空であり強い光が私の感性を刺激したのだろう。それを無意識で感じているうるま市の空気だった。

 それにしてもiPhoneの画像は修正しやすい。露出表示をみるとよくわからない値だが、それでもなかなかの撮影機材だと思われる。

 

沖縄県うるま市

iPhon7

ISO20,焦点距離3.99mm,露出補正0,f/1.8,1/8000

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番外編411. ゲストハウスでの長逗留

2019年05月28日 | Okinawa

 ダイビングで那覇市内に滞在するときは、同じ所に1週間以上滞在する長逗留になる。

 そこでいつもキッチン・洗濯機付きの1ルームマンションスタイルのゲストハウスにする。そうすれば、IHレンジと電子レンジがあり鍋や食器類は貸してくれるので、食材を近所のデパ地下やスーパーで調達しておけば自炊ができるし、ダイビングで湿った衣類を洗濯して干すこともできる。学生時代の学生宿舎で生活していた頃の気分だ。朝はパンと珈琲としても、昼はボートでご飯がでるから、夜は大概パスタとワインになる。

 こんな生活をしていると、既存のホテルがいかに不便かということに気づかされる。というのも上げ膳据え膳が便利だといっても、それは2-3日の短い滞在とか、忙しい日程で荷物をかかえて海外の都市を渡り歩く渡り鳥型の旅の場合であって、1週間以上同じ所へ滞在すると、食べたいときに食べ、寝たいときに寝て、時間の空いたときに洗濯できる、といった自由な生活ができることの方がはるかに快適だ。

 ダイビングでは、朝7時にピックアップの車が迎えにやってくるので、超遅がけに営業を始める沖縄のカフェで朝飯を食べることはできない。だから少し早起きしてクロワッサンと果実と珈琲の朝食をつくる。そしてダイビングの帰りは午後5時には開放されるので、デパ地下や近所のスーパーに立ち寄って食材を調達してから帰り、料理をつくり、ワインをかたむけ、スケッチブックに魚の絵を描いていると、那覇の退屈な時間はすぎてゆく。それで時間をもてあましたら行きつけのスナックに向かうか、なのである。

 それにテーブルに料理やワインを並べ、MacやEOSやスケッチブックを置き、いつしか部屋が雑然としてゆくと自分の部屋にいるみたいになる。時にはテレビを床に下ろしテーブルをお気に入りの場所に移動させ、自分の部屋のようにつくりかえることも快適さにもつながる。だから装飾過剰で家具一つ動かせない既存のホテルのインテリアは、結局不自由で落ち着かない空間なだけ。人間は、空間を作り替えて居心地をよくしようとする本能があるのだろう。

 この日は、アスパラガスとベーコンのパスタだ。バスタをゆで、塩味の効いたゆで汁100mlで具材を煮詰めパスタと絡ませればできる。ワインは冷蔵庫で冷やしておいた。これに亜熱帯の果実を加えれば申し分ないし、ベーコンのかわりに沖縄ではどこにでもあるスパムでもよいし、時にはステーキのメニューに変えるのもよいだろう。そんなわけで、那覇に行くリュックの中にはいつも香辛料と紙皿を詰め込んでゆく。それに那覇市内は、京都市内に比べれば食材は安く必要なものが揃う。

 そんな暮らしをしていると、キッチンのない既存のホテルが実につまらない。つまり食べたいときに好きな物を食べ、夜中お腹がすくこともあるが、一々着替えて部屋をでてみれば、経費節約と人手不足で24時間あいてないレストランばかりで、しかもレストランやコンビニ自体がないホテルの方が圧倒的に多い。

 つまり既存のホテルは、そんな気楽な暮らし方ができない不自由さばかりだ。それでいてリゾートホテルを標榜するのだから、こちらは笑っちまうよ。それじゃ規則正しい生活を旨とする小学校の林間学校と一緒じゃないか。与えられるままの献立を給食のようにかじる戦場に来ているわけではないし、営業時間は何時まで!、といった具合に時間時間と責め立てられるのも勘弁して欲しい。私は、そんな疑似リゾートにきているわけではないのだ。

 そんな時間などを無視して、お腹がすいたら食べ、寝たいときに寝て、絵を描きたいときにスケッチブックに向かう、そんな普段の暮らし方をダイビングをしているときでも続けたいわけだ。

 

那覇市

iPhone7

ISO32,焦点距離3.99mm,露出補正0,f/1.8,1/24 

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番外編410. ベースキャンプ型の旅と渡り鳥型の旅

2019年05月21日 | Okinawa

慶良間諸島:一番多く潜ったところだ。水深20m程度迄であり何よりも水の透明度が高く水中撮影には最適なところ。多分これからも慶良間でまったりとダイビングの勉強をしているだろう。慶良間諸島は海の国立公園でもある。


恩納村瀬良垣港:万座のポイントに向かう港であり、エメラルドグリーンの沖縄の海、奥に見える岩珊瑚の塊のような複数の島状の地形、その間から遠くに白波が見える、そんな沖縄の夏の風景を2015年9月7日のブログでアップさせていた。近年港の護岸が整備されハイヤットリージェンシーホテルが進出してきた。今日は梅雨空の万座だ。

 

A&Wバーガー:沖縄県だけにしかないハンバーガーチェーン店。島内にはいくつもの店舗がある。タップリと具が入っていて素朴な味がするハンバーガーだ。沖縄に行けば必ずどこかで食べる私のエスニックフードだ。


 旅の仕方に期間中、滞在先が同じベースキャンプ型と滞在先を渡り歩く渡り鳥型がある。今日は、その話をしよう。

 ダイビングのために沖縄へもう何十回もLCCのpeachで通っている。多忙期や週末を除けばにコンスタンスに片道5,000円、預け荷物・座席指定だと7,000円。まれに2,990円などというバーゲンチケットも発売される。本土とは異なり亜熱帯の沖縄だから否が応でも旅に出たという感性にさせてくれる。

 それに引き替え日本の鉄道運賃は高すぎる。片道旅費を算出すると、京都から東京迄の新幹線が14,500円。伊豆のダイビングスポット熱川だと13,290円と、沖縄迄往復できる値段だ。それに国内を旅しても、季節の変わり目をのぞけば気候区分がすべて同じ温帯だから大きく環境が変わるわけではない。

 それじゃフーテンの寅さんは旅に出られない。失恋してカバンを持ってプイッと、とらやを後にしたら、妹さくらが追いかけてきて「お兄ちゃん、これ!」といって旅費をもらったまではよかったが上野駅で足が止まっちゃった、なんてことになりそうだ。

 だがLCCにも欠点がある。機内持込手荷物の制限だ。peachであれば持込手荷物7kg以下であるためには、常用の山用リュックが1.8kgだから、その他の荷物を5.2kg以下にしなければならない。着替えなどは軽くて1時間で乾く速乾性の山用シャツ、旅先では快適に寝たいとなるとフリースも相当吟味する必要がある。特にWEBではウェアの重さの表示は皆無だから悩ましい。

 だからダイビング器材であるBCDやレギュレータやウェットスーツや軽機材などは、それだけで15kg近くあるので、沖縄のダイビングショップに預けっぱなしにしている。そうなると軽くて済みそうだが、1週間以上京都の住まいをあけるとなると、その間に仕事ができるパソコンや必要書類だとか、時間つぶしに絵を描くので画材とか、最近ゲストハウスで自炊などはじめたので調味料などなどと、軽く持込手荷物制限を超えるので、いつもpeschの預け入れ荷物としている。これじゃpeachのバーゲンーチケットにありつけないが、滞在先が同じであるベースキャンプ型の旅だと荷物を持ち歩く機会が少ないので、それでよしとしている。

 だが全ての荷物をもって滞在先を渡り歩く渡り鳥型の旅になると、そうもゆかない。

 全ての荷物をもって各地を移動しながら1日中歩き回ることを考えれば、先ず自分が担げて負担ならないリュックの重さで荷物の重量を押さえる必要がある。私の場合は8kgがいいところだ。そうすると10gでも軽くしたい。そこで旅行グッズを探すが、これが全く旅行ということを考えていない旅グッズが圧倒的に多い。つまり旅行用と書いておけば売れるからなのだが、そんなのに引っかかっては自分が旅先で苦労するだけである。

 なんでカートにしないのかと不思議に思われるだろうが、これについては過去に講演会で話したことがある。再掲すると、石畳や階段のあるところで終日カートを引き回すのは不可能に近いし、地球の上で舗装してあるところなど数パーセントもない。だからカートで渡り鳥型の旅をするのは無理ですと私は主張している。カートは、ペースキャンプ型の旅でしかも石畳や階段のない舗装路でしか使えないのである。

 そこでパッキングの知恵比べが始まる。といって主目的の撮影機材を省くことはできない。EOS1DsMark3+28-300mmレンズ1本で3kgあるが充電器を入れる余裕がない。幸い64GBまで1本のバッテリーで持つので予備を持参すれば済みそうだ。残りは着替えぐらいだろうか。そうして全部の荷物をリュックで担いで楽に歩き回れる体力に応じた重さにすることが重要なポイントだ。

 さて、7月に渡り鳥型の旅とベースキャンプ型の旅を続けて行うことになった。両タイプを同時に実行するのは、さらに緻密なパッキングが必要になりそうだ。解決のポイントは、ベースキャンプ型の荷物を飛行場で預けてから渡り鳥型の海外へ旅経つことだ。空港では1日500円で預けられる。型の違う旅を連続して行うためには、必須のサービスだ。

 

沖縄県慶良間諸島、恩納村、那覇 2019年5月13日,14日

iPhon7

ISO20,焦点距離3.99mm,露出補正±0,f/1.8,1/4367

ISO20,焦点距離3.99mm,露出補正±0,f/1.8,1/2591 

ISO20,焦点距離3.99mm,露出補正±0,f/1.8,1/199

 

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