Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

コンスタブル展

2021年03月10日 | 美術
 三菱一号館美術館でコンスタブル展が開かれている。展示作品の大半はロンドンのテート美術館の所蔵品。コロナ禍のため、海外から作品を借りてくる大型企画展はしばらく無理かと思っていたが、本展は無事開催された。

 ジョン・コンスタブル(1776‐1837)はイギリスの風景画家。ターナー(1775‐1851)と同世代だ。二人はライバル同士だった。作風がまったくちがう。ターナーの色彩豊かで華やかな作風とは対照的に、コンスタブルの色彩は抑制的で穏やかだ。刺激的な点ではもちろんターナーだが、じっくり見れば、コンスタブルもいい。同時代の詩人ワーズワース(1770‐1850)の詩と通じるのはコンスタブルのほうだろう。

 上掲のバナー(↑)に使われている作品は「フラットフォードの製粉所(航行可能な川の情景)」(1816‐17)。コンスタブルの代表作のひとつだ。手持ちの画集で見たことがあるが、実際に見ると、意外に重心が低いと感じた。なぜそう感じたのか。それはたぶん大樹の影が画面下部の右から左に大きく伸びているからだろう。実際に見ると、その存在感が圧倒的だ。

 川の縁にかがんでロープを手繰る少年は、その影のなかにいる。一方、手前で馬に乗っている少年は影から出て、明るい日差しのなかにいる。本作で一番目立つ人物だ。でも、なぜ少年なのだろう。その人物は労働者のはずだ。馬は艀(はしけ)を引くためのもの。動力をもたない艀は、川べりの道を歩む馬に引かれて川を進む。その艀が(画面左下にわずかに描かれている)橋の手前に来たので、労働者たちは馬からロープをはずして、艀を橋の下に通そうとしているのだ。

 馬に乗った労働者が少年に描かれている理由は、本作のキャプションでわかった。「馬に乗る少年は、この土地で過ごした画家の少年時代そのものと見なすことができる」と。なるほど、そうだとすると、本作の明るい幸福感も理解できる気がする。馬の前に転がっている黒い帽子も、少年時代の思い出か、あるいは画家のいたずらだろう。画像ではわからないが、実際に見ると、その帽子の手前の地面に(落書きのように)コンスタブルの署名がある。思わず微笑んだ。

 展示作品からもう一点あげると、「虹が立つハムステッド・ヒース」(1836)という作品がある。最晩年の作品だ。わたしはこれを岡田温司の「虹の西洋美術史」(ちくまプリマー新書、2012年)で見たことがあるが、実際に見ると、心が洗われるように美しい。「フラットフォードの製粉所」が、わたしもその絵のなかの一員であるかのような感覚になるのにたいして、「虹が立つハムステッド・ヒース」は澄んだ心象風景に感動する作品だ。
(2021.3.9.三菱一号館美術館)

(※)本展のHP(上記の2作品の画像が掲載されています)
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