Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

北村朋幹ピアノ・リサイタル

2023年02月26日 | 音楽
 北村朋幹(きたむら・ともき)のピアノ・リサイタル(東京文化会館シャイニング・シリーズVol.12)。北村朋幹を聴くのは4度目だ。今度もプログラムが凝っている。1曲目はシューマンの「森の情景」。シューマンらしく小品9曲からなる。北村朋幹の演奏は、9曲をフラットに並べるのではなく、第4曲「気味の悪い場所」をピークにして、ゆるやかなシンメトリーを描くようだった。

 その第4曲「気味の悪い場所」で表現したものはなにか。北村朋幹自身が書いたプログラムノーツには「当初楽譜に書き添えられていた言葉、“死のように青白い花たちの中で一本だけ聳え立つ、人間の血を飲んで赤暗く染まった花”(Ⅳ.気味の悪い場所/ヘッベル)」とある。それが意味するものは、シューマンの奥底に萌した錯乱=狂気だろうか。

 2曲目はハインツ・ホリガー(1939‐)の「エーリス 3つの夜曲」(1961/66)。研ぎ澄まされた音。極度の集中力。そこから生み出されるクリスタルな音の世界。わたしは息をのんで聴き入った。第2曲「死への恐れと慈悲」と第3曲「昇天」では内部奏法も用いられる(第2曲では大胆に、第3曲では控えめに)。その音色の変化は、実演で聴いて初めて体感できるものだろう。

 3曲目はバルトークの「戸外にて」。5曲の小品からなるが、第4曲「夜の音楽」に重点が置かれた演奏だ。夜、静かであるがゆえに、かえって多くの物音が聞こえる、息詰まるほど濃密な世界。都会に住むわたしには、そのような世界は失われたのだろうか。一転して第5曲「狩」では重く荒々しい音に圧倒された。

 休憩をはさんで、4曲目はルイジ・ノーノ(1924‐1990)の「…苦悩に満ちながらも晴朗な波…」(1976)。テープとピアノのための作品。かつてポリーニとアバドが共演する「力と光の波のように」のLPに収められていた曲だ。LPの記憶とはちがって、実演で聴くとテープ音に迫力があり、意外に激しい曲に聴こえた。表題に「苦悩」と「晴朗」と相反する言葉が並ぶが、そのうちの「苦悩」のほうを感じた。エレクトロニクス担当は有馬純寿。

 5曲目はシューマンの「暁の歌」。シューマンがライン川に投身自殺をはかる数か月前に作曲された作品だ。第1曲のコラール風の音楽が始まると、わたしは悪夢から覚めるような心地がした。最後の第5曲が穏やかに終わると、まるでカーテンを開けたように、白々とした明るい日が差すのを感じた。

 アンコールにシューマンの「子供のためのアルバム」から第15曲「春の歌」と「森の情景」から第9曲「別れ」が演奏された。アンコールまで一貫したストーリーが保たれていた。
(2023.2.25.東京文化会館小ホール)
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