Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

新国立劇場「夢遊病の女」

2024年10月15日 | 音楽
 新国立劇場の新制作「夢遊病の女」。マドリッドのテアトロ・レアル、バルセロナのリセウ大劇場、パレルモのパレルモ・マッシモ劇場との共同制作だ。幕が開く。舞台中央に高い木が一本立つ。そこに一対の若い男女の人形が吊り下がっている。結婚を控えたアミーナとエルヴィーノだろう。幸せなはずの二人だが、その人形はあまり幸せそうには見えない。周囲は切り株だらけだ。荒涼とした森の中。背景はオレンジ色の空だ。夕日だろうか。幻想的な弱々しい光だ。

 霧が立ち込める。霧にまかれてアミーナが立つ。ふらふらしている。夢遊病の中にいるアミーナだ。何人もの不気味なダンサーが登場する。アミーナを威嚇するように、また時にはアミーナを支えるように踊る。アミーナが見る夢だ。アミーナは結婚を控えて何か不安があるのだろうか。エルヴィーノにたいする疑問だろうか。

 以上の黙劇が終わると音楽が始まる。アミーナとエルヴィーノの結婚を祝う村人たちの合唱だ。だが黙劇を見た後なので、村人たちの祝福を受けるアミーナの胸の内に潜む(本人も気が付かない)不安を想像する。その不安が、オペラ全体を通して、要所にダンサーが登場して表現される。それがこのオペラを牧歌的なオペラから救う。最後にアミーナは不安を克服する。アミーナはエルヴィーノと結婚するのか。それとも村を去るのか。それは幕が降りた後のアミーナに任せられる。

 演出はスペインのバルバラ・リュックという女性演出家。一本筋が通り、その筋に沿ってアミーナの内面を繊細に表現した。結末の処理も納得がいく。台本通りにやると学芸会的になりかねないこのオペラを、現代に生きるオペラへと変貌させた。

 アミーナ役はクラウディア・ムスキオ。すばらしいベルカントだ。7月にシュトゥットガルト歌劇場でこの役を歌ったそうだ。それに加えて、マウリツィオ・ベニーニの指揮で歌った今回の公演の、その最終日だったこともあり、ベニーニの薫陶の成果が表れたのではないだろうか。旋律線の細かい部分のニュアンスに惚れ惚れした。

 エルヴィーノ役はアントニーノ・シラグーザ。言わずと知れた名歌手だ。今回も高度な歌唱を披露した。だが、さすがに年齢を重ねたためか、声の伸びと軽さにかげりが出始めたかもしれない。ロドルフォ伯爵役は妻屋秀和。堂々とした声と押し出しは健在だ。

 ベニーニの指揮はすばらしい。オーケストラの細い音で歌手の声を支え、しかもその細い音がけっして貧弱にはならずに生気がこもる。ドラマティックな面にも事欠かない。ベルカント・オペラのすべてが表現された感がある。
(2024.10.14.新国立劇場)
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