Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

チャペック「白い病」

2020年12月28日 | 読書
 チェコの作家・劇作家のカレル・チャペック(1890‐1938)の戯曲「白い病」(1937)が2020年9月に岩波文庫から出た。チャペックの戯曲はいくつか読んだことがあり、どれもおもしろかったが、「白い病」は読んでなかったので、この機会に読んでみた。

 どんな話かというと――ある国で得体のしれない「白い病」が流行する。その病にかかると皮膚に白い斑点ができ、その部分の感覚がなくなる。やがて悪臭を発して腐り始める。50歳くらいから上の人は例外なく死ぬ。なぜか若い人はかからない。白い病は中国が感染源だ。チェン氏病とも呼ばれる。白い病はパンデミックの様相を呈する。50歳前後の人々は恐怖におののく。一方、若い人たちは内心喜ぶ。

 ざっと、こんなプロットだ。白い病は不思議なくらい新型コロナウイルスに似ている。わたしはびっくりした。この作品が書かれたのは1937年だが、まるでいま書かれたように思える。どこかの劇団が大急ぎでこの作品を上演しようとしてもおかしくない気がする。

 さて、話を先に進めると――その国では独裁者の元帥のもとで軍国主義が進んでいる。元帥の取り巻きには軍需産業の総帥のクリューク男爵や、大学病院の院長の枢密顧問官などがいる。元帥とクリューク男爵は戦争の準備に余念がない。

 そんな状況のなかで、一介の開業医にすぎないガレーン博士が、白い病の治療薬を発見する。ガレーン博士は元帥とクリューク男爵に、治療薬の提供と引き換えに、平和を求める。元帥とクリューク男爵は一笑に付す。だが、ガレーン博士は引かない。ガレーン博士は気弱な性格だが、人の命をあずかる医師として、愚直に平和を願う。「無力」なガレーン博士は、元帥およびクリューク男爵の「権力」と対峙する。妥協を知らないガレーン博士は、ギリシャ悲劇のアンティゴネを彷彿とさせる。

 一方、ファシズムが刻々と進行する。元帥が煽ったファシズムではあるが、もはや元帥の手を離れて、制御不能に陥っている。そこに作者チャペックの問いがある。ファシズムはどこにあるのか、元帥か、それとも普通の人々か、と。皮肉なことに、ファシズムに熱狂する人々は、ガレーン博士が戦争から守ろうとした人々であり、また同時に、元帥が戦争で勝利をもたらそうとした人々でもある。それらの人々が、ガレーン博士はもとより、元帥も飲みこんでいく。その苦さにわたしは言葉を失う。

 訳者の阿部賢一は、新型コロナウイルスの緊急事態宣言下の2020年4月から5月にかけて翻訳を進めた。そのとき訳者は作品と現実とがオーバーラップする感覚を味わったのではないか。そんな臨場感が訳文から伝わる。
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