カルテ6は外科医の外山誠二(高橋一生)の物語。
外山はこんな人物。
★コンプレックス
名門医師家族の末っ子である彼は常に父親や兄たちと比べられてきた。
まわりが優秀過ぎるがゆえ、試験で90点をとっても認めてもらえない。
父親は臨床よりも論文に評価の基準を置いている様だ。だからどんな見事な手術をしてもほめてもらえない。
気にくわない先輩を殴って北洋に左遷されたこともコンプレックスの要因になっている様だ。
そんなコンプレックスは満たされようとして、常に他人の上を行こうとする。
当面のライバルは朝田(坂口憲二)。
外山は朝田より速い手術をして優位に立とうとする。
また外山のプライドの高さはコンプレックスの裏返しだ。
コンプレックスが大きいから他人を寄せつけず自分を大きく見せようとする。
そんな虚勢は弱く折れやすいのだが。
★居場所
そんな外山の居場所はおばあちゃん。
彼のおばあちゃんは「飯を食っても。泥だらけになってもほめてくれた」。
家では居場所のなかった外山の唯一心休まる場所。
そんな過去は自分が手術したおばあちゃん、五代明代(草村礼子)に向けられる。
かつて祖母がそうであった様に「今は立派」とほめる明代に祖母の面影をみる。
★そんな外山に試練。
明代の容態急変。
手術で雑な処置をしたことが原因。
折しも台風。病院は停電。
朝田は手を負傷。
折れそうになる外山。
そこへ朝田の言葉。
「お前の患者なんだ。お前に責任がある。最後まで逃げるな」
懐中電灯を使っての手術。
ここで外山の転機が訪れる。
自分の手術のために力を貸してくれる仲間たち。
手動で電力を起こし、手術では的確なフォロー。
明代の言葉が甦る。
「人間はひとりで生きられない。誰かに支えられて生きている」
その言葉を実感する外山。
チームの力。
さらに外山は明代の別の疾患にも気づく。
触診。
これは患者を自分の手術の凄さを見せるための道具としてみていたのでは出来ない行為。
患者に愛情があるから気づくことが出来る。
外山はもうひとつ大事なことを教えられた。
「右心室の動きが悪いようだ。朝田、どう思う?」
「伊集院、頼む」
いずれも感動的なせりふだ。
患者を救うために他人を求めている。
プライドを捨てた瞬間、コンプレックスがなくなった瞬間。
手術が終わって外山は朝田に言う。
「チームに入れろ。第二助手でも第三助手でもいい。俺の術式を見れば執刀医を譲りたくなる」
後半の『執刀医を譲りたくなる』はプライドの高い外山らしいせりふ。
そして仲間についても言及。
「あいつらとオペがしたい」
外山はチームの温かさを知ったのだろう。
チームに力を与えられたのだろう。
もはや彼は孤独ではない。
どんな困難な状況でも仲間がいる。
彼のひとりの戦いは終わった。
※追記
「すべて私の責任です。すみませんでした」
自分の雑な手術を土下座して謝る外山。
これを今の厚生労働省のお役人と製薬会社の人に見てほしい。見習ってほしい。
C型肝炎、フェブリノゲン。
現実の人間は誰も責任をとろうとしない。
現実とは違う対応をするところにドラマの力がある。
外山はこんな人物。
★コンプレックス
名門医師家族の末っ子である彼は常に父親や兄たちと比べられてきた。
まわりが優秀過ぎるがゆえ、試験で90点をとっても認めてもらえない。
父親は臨床よりも論文に評価の基準を置いている様だ。だからどんな見事な手術をしてもほめてもらえない。
気にくわない先輩を殴って北洋に左遷されたこともコンプレックスの要因になっている様だ。
そんなコンプレックスは満たされようとして、常に他人の上を行こうとする。
当面のライバルは朝田(坂口憲二)。
外山は朝田より速い手術をして優位に立とうとする。
また外山のプライドの高さはコンプレックスの裏返しだ。
コンプレックスが大きいから他人を寄せつけず自分を大きく見せようとする。
そんな虚勢は弱く折れやすいのだが。
★居場所
そんな外山の居場所はおばあちゃん。
彼のおばあちゃんは「飯を食っても。泥だらけになってもほめてくれた」。
家では居場所のなかった外山の唯一心休まる場所。
そんな過去は自分が手術したおばあちゃん、五代明代(草村礼子)に向けられる。
かつて祖母がそうであった様に「今は立派」とほめる明代に祖母の面影をみる。
★そんな外山に試練。
明代の容態急変。
手術で雑な処置をしたことが原因。
折しも台風。病院は停電。
朝田は手を負傷。
折れそうになる外山。
そこへ朝田の言葉。
「お前の患者なんだ。お前に責任がある。最後まで逃げるな」
懐中電灯を使っての手術。
ここで外山の転機が訪れる。
自分の手術のために力を貸してくれる仲間たち。
手動で電力を起こし、手術では的確なフォロー。
明代の言葉が甦る。
「人間はひとりで生きられない。誰かに支えられて生きている」
その言葉を実感する外山。
チームの力。
さらに外山は明代の別の疾患にも気づく。
触診。
これは患者を自分の手術の凄さを見せるための道具としてみていたのでは出来ない行為。
患者に愛情があるから気づくことが出来る。
外山はもうひとつ大事なことを教えられた。
「右心室の動きが悪いようだ。朝田、どう思う?」
「伊集院、頼む」
いずれも感動的なせりふだ。
患者を救うために他人を求めている。
プライドを捨てた瞬間、コンプレックスがなくなった瞬間。
手術が終わって外山は朝田に言う。
「チームに入れろ。第二助手でも第三助手でもいい。俺の術式を見れば執刀医を譲りたくなる」
後半の『執刀医を譲りたくなる』はプライドの高い外山らしいせりふ。
そして仲間についても言及。
「あいつらとオペがしたい」
外山はチームの温かさを知ったのだろう。
チームに力を与えられたのだろう。
もはや彼は孤独ではない。
どんな困難な状況でも仲間がいる。
彼のひとりの戦いは終わった。
※追記
「すべて私の責任です。すみませんでした」
自分の雑な手術を土下座して謝る外山。
これを今の厚生労働省のお役人と製薬会社の人に見てほしい。見習ってほしい。
C型肝炎、フェブリノゲン。
現実の人間は誰も責任をとろうとしない。
現実とは違う対応をするところにドラマの力がある。