ゲームとは離れるがナショナル・ジオグラフィックで『ザ・戦』、戦争特集をやっていた。
紹介されていたのは『ミッドウェイ』『エル・アライメン』『マレーの虎』『バルジ』『スターリングラード』『クルスク』の戦い。
かつてのシミュレーションゲーム、プラモデルファンの僕としてはこんな内容が面白かった。
ドイツの88ミリ砲は飛行機を迎撃するための高射砲であったが、戦車などの地上部隊にも使えることが判明。
『エル・アライメンの戦い』では英軍戦車を粉砕した。
しかしこの絶大な威力を持つ88ミリ砲にも弱点が。
それは大砲ゆえ自分で動けないというもの。
おまけに重量7トンで設置してから使える様になるまで時間がかかる。
その弱点を克服するために作られたのがタイガー戦車だったんですね。
タイガー戦車はこの88ミリ砲を搭載した戦車。
前面装甲は100ミリ。
88ミリ砲を持ち機動性を持ったこの戦車は無敵であったんでしょうね。
しかし物事にはプラスとマイナスがある。
タイガー戦車の大きな弱点は重戦車であるため量産がきかないこと。
速度が遅いこと。
射程2キロの破壊力だが、接近戦には弱いこと。
この弱点が露呈したのがソ連との『クルスクの戦い』。
ドイツのタイガー戦車に対抗したのはソ連のT-34戦車。
これは軽量の戦車。速度があって量産がきく。操縦も簡単らしい。
タイガーとは対照的な戦車。
この両者が対峙した時、どうなったか。
ソ連は量で対抗していく。
量産のいくT-34を投入して、圧倒的な数でタイガー戦車に迫るのだ。
おまけに速度が違うからすぐにタイガーに迫れる。
戦争の戦術とは相手の弱点をいかに突くかなんですね。
僕は「大戦略」あるいは「ガンダム」などのシュミュレーションゲームが好きで昔はよくやっていましたが、ゲームの中の武器を進化させていくことや量産の意味がやっとわかりました。
武器の進化とは88ミリ砲がタイガー戦車になった様なもので、武器の量産とはT-34戦車の様なものだったんですね。
こうしたバックボーンを知っているか知らないかでゲームの楽しみもグッと違って来ますね。
大半のゲームファンの方には当たり前のことなんでしょうが、そんなことをナショジオの番組を見て感じました。
※追記
以下、番組HPで紹介された戦いの概要を添付しておきます。
★ドイツ vs イギリス エル・アラメインの戦い (El Alamein)
エルヴィン・ロンメルとバーナード・モントゴメリーが、1942年、エジプトの広大な砂漠で対決した。北アフリカや中東の油田を舞台にした戦闘でロンメルは稲妻のように素早い戦法を採り、速さと意外性と大胆さを見せつけたが、モントゴメリーはじっくりと防御の態勢を取り、作戦の立案、訓練、新しい武器などに重きを置いて戦った。この接戦が北アフリカにおけるヒトラーの運命を決定づけ、大戦初の大勝利をイギリスにもたらした。
★ソ連 vs ドイツ クルスクの戦い (Kursk)
1943年、ドイツとロシアが旧ソ連の都市クルスクの近くで激突した。ドイツ軍を率いたのは、陸軍元帥フォン・マンシュタイン。対するは赤軍の元帥ジューコフ。ヒトラーはタイガー戦車など新型の強力な武器に大きな信頼を寄せて勝利を確信し、援軍の到着まで攻撃を控えるよう命令。一方ジューコフは独軍の遅い動きに乗じて、手の込んだ防衛ネットワークを作り上げた。こうして第二次世界大戦の勝敗を決する戦車戦が始まった。
★ドイツ vs アメリカ バルジの戦い (Battle of the Bulge)
1944年、ヒトラーは最後の賭けに出た。軍隊と資材を残らず投入し、西部戦線に大規模な攻撃を仕掛けたのだ。ドイツ軍を率いたのはヒトラーに忠実な陸軍元帥ヴァルター・モーデル。彼はアメリカ軍元帥オマー・ブラッドレーの不意を突いて、重武装した先遣隊を守りの甘いアメリカ軍の防衛線に送り込んだ。ブラッドレーがドイツ軍を食い止めることができなければヒトラーが勝利を収め、連合軍のドイツ進行は失敗に終わる。
★日本 vs アメリカ ミッドウェー海戦 (Midway)
1942年、アメリカ海軍は真珠湾で壊滅的な打撃を受けていた。しかし日本軍はアメリカ軍の重要な戦力、航空母艦を破壊することができなかった。それを一掃すべく、今度は南雲中将が強力な艦隊を率いてミッドウェー沖に出撃し、アメリカ軍のフレッチャー大将と彼の部隊にワナを仕掛けた。南雲はついに敵を粉砕したと信じたが、実はフレッチャーは強力な切り札を持っていた。彼は南雲の暗号を解読し日本軍の計画を知っていたのだ。
★日本 vs イギリス マレーの虎 (Singapore)
シンガポールは大英帝国の王冠に輝く小さな宝石のひとつだった。1941年、そのシンガポールに日本軍が奇襲攻撃で上陸した。当時マレーとシンガポールの豊かな植民地の防衛を担っていたのはアーサー・パーシバル中将だ。そこに“マレーの虎”と呼ばれた山下奉文大将が攻め込んだ。当初、日本軍は数で負けていたが、絶壁や迅速な攻撃や自転車の活用などでイギリス軍を圧倒し、大英帝国の東の中心地からイギリス軍を追い出した。
紹介されていたのは『ミッドウェイ』『エル・アライメン』『マレーの虎』『バルジ』『スターリングラード』『クルスク』の戦い。
かつてのシミュレーションゲーム、プラモデルファンの僕としてはこんな内容が面白かった。
ドイツの88ミリ砲は飛行機を迎撃するための高射砲であったが、戦車などの地上部隊にも使えることが判明。
『エル・アライメンの戦い』では英軍戦車を粉砕した。
しかしこの絶大な威力を持つ88ミリ砲にも弱点が。
それは大砲ゆえ自分で動けないというもの。
おまけに重量7トンで設置してから使える様になるまで時間がかかる。
その弱点を克服するために作られたのがタイガー戦車だったんですね。
タイガー戦車はこの88ミリ砲を搭載した戦車。
前面装甲は100ミリ。
88ミリ砲を持ち機動性を持ったこの戦車は無敵であったんでしょうね。
しかし物事にはプラスとマイナスがある。
タイガー戦車の大きな弱点は重戦車であるため量産がきかないこと。
速度が遅いこと。
射程2キロの破壊力だが、接近戦には弱いこと。
この弱点が露呈したのがソ連との『クルスクの戦い』。
ドイツのタイガー戦車に対抗したのはソ連のT-34戦車。
これは軽量の戦車。速度があって量産がきく。操縦も簡単らしい。
タイガーとは対照的な戦車。
この両者が対峙した時、どうなったか。
ソ連は量で対抗していく。
量産のいくT-34を投入して、圧倒的な数でタイガー戦車に迫るのだ。
おまけに速度が違うからすぐにタイガーに迫れる。
戦争の戦術とは相手の弱点をいかに突くかなんですね。
僕は「大戦略」あるいは「ガンダム」などのシュミュレーションゲームが好きで昔はよくやっていましたが、ゲームの中の武器を進化させていくことや量産の意味がやっとわかりました。
武器の進化とは88ミリ砲がタイガー戦車になった様なもので、武器の量産とはT-34戦車の様なものだったんですね。
こうしたバックボーンを知っているか知らないかでゲームの楽しみもグッと違って来ますね。
大半のゲームファンの方には当たり前のことなんでしょうが、そんなことをナショジオの番組を見て感じました。
※追記
以下、番組HPで紹介された戦いの概要を添付しておきます。
★ドイツ vs イギリス エル・アラメインの戦い (El Alamein)
エルヴィン・ロンメルとバーナード・モントゴメリーが、1942年、エジプトの広大な砂漠で対決した。北アフリカや中東の油田を舞台にした戦闘でロンメルは稲妻のように素早い戦法を採り、速さと意外性と大胆さを見せつけたが、モントゴメリーはじっくりと防御の態勢を取り、作戦の立案、訓練、新しい武器などに重きを置いて戦った。この接戦が北アフリカにおけるヒトラーの運命を決定づけ、大戦初の大勝利をイギリスにもたらした。
★ソ連 vs ドイツ クルスクの戦い (Kursk)
1943年、ドイツとロシアが旧ソ連の都市クルスクの近くで激突した。ドイツ軍を率いたのは、陸軍元帥フォン・マンシュタイン。対するは赤軍の元帥ジューコフ。ヒトラーはタイガー戦車など新型の強力な武器に大きな信頼を寄せて勝利を確信し、援軍の到着まで攻撃を控えるよう命令。一方ジューコフは独軍の遅い動きに乗じて、手の込んだ防衛ネットワークを作り上げた。こうして第二次世界大戦の勝敗を決する戦車戦が始まった。
★ドイツ vs アメリカ バルジの戦い (Battle of the Bulge)
1944年、ヒトラーは最後の賭けに出た。軍隊と資材を残らず投入し、西部戦線に大規模な攻撃を仕掛けたのだ。ドイツ軍を率いたのはヒトラーに忠実な陸軍元帥ヴァルター・モーデル。彼はアメリカ軍元帥オマー・ブラッドレーの不意を突いて、重武装した先遣隊を守りの甘いアメリカ軍の防衛線に送り込んだ。ブラッドレーがドイツ軍を食い止めることができなければヒトラーが勝利を収め、連合軍のドイツ進行は失敗に終わる。
★日本 vs アメリカ ミッドウェー海戦 (Midway)
1942年、アメリカ海軍は真珠湾で壊滅的な打撃を受けていた。しかし日本軍はアメリカ軍の重要な戦力、航空母艦を破壊することができなかった。それを一掃すべく、今度は南雲中将が強力な艦隊を率いてミッドウェー沖に出撃し、アメリカ軍のフレッチャー大将と彼の部隊にワナを仕掛けた。南雲はついに敵を粉砕したと信じたが、実はフレッチャーは強力な切り札を持っていた。彼は南雲の暗号を解読し日本軍の計画を知っていたのだ。
★日本 vs イギリス マレーの虎 (Singapore)
シンガポールは大英帝国の王冠に輝く小さな宝石のひとつだった。1941年、そのシンガポールに日本軍が奇襲攻撃で上陸した。当時マレーとシンガポールの豊かな植民地の防衛を担っていたのはアーサー・パーシバル中将だ。そこに“マレーの虎”と呼ばれた山下奉文大将が攻め込んだ。当初、日本軍は数で負けていたが、絶壁や迅速な攻撃や自転車の活用などでイギリス軍を圧倒し、大英帝国の東の中心地からイギリス軍を追い出した。