日本が、「真の日本」であるためにー。 投稿者:渡邉エイ 投稿日:2012年 5月14日(月)20時55分5秒
私は、今年の2月に、米寿を迎えました。亡き夫を始め、すでに多くの姉や友人・知人が、この世を後にしていますので、私自身、いつ逝ってもよい、と思っています。
でも、正直申しまして、今日の日本を見ていますと、何だか、”死んでも、死に切れない”思いです。
例えば、テレビを観ていますと、綺麗に着飾ったコメンテーターと呼ばれる紳士・淑女たちが、小沢一郎議員に対して、”毒”の入った批判を繰り返しています。
でも、あの方々は、本心から、「小沢議員は、実質、有罪である」と思っておられるのでしょうか?
自分一人になられた時、ご自分の言行を、心から反省なさることはないのでしょうか?
日本人も、ずいぶんと変わってしまったな、と思います。
今の方々から見ますと、戦時中に生きた私たちは、今日の北朝鮮の国民同様、政府によって“洗脳”された、不幸な人々といった感じでしょう。
無論、私たちが、”知るべきことを知らなかった”、あるいは、”知らされていなかった”というのは、事実かも知れません。
その意味で、私たちが、「無知」であった事は、否めません。しかし、反面、当時の日本人は、今の日本人に比べて、はるかに純粋・無雑だったように思います。
つまり、すべてにおいて、”迷い”が無かったのです。その意味では、当時の私たちは、決して不幸ではなく、むしろ幸せだったと思うのです。
ところで、今日の日本は、”最大の国難”の渦中に在ります。この国難を救えるのは、小沢一郎氏をおいて、他にいないのではないでしょうか。
その小沢氏の政治活動を妨害し、そればかりか、同氏を葬り去ろうとする、今の多くの日本人の在り方は、私には、”狂気”としか思えません。
とりわけ、小沢氏を葬ろうとする人々は、何故、「アメリカ」のお先棒を担いで、日本、および日本人を、これ以上、不幸に陥れようとするのでしょうか?
しかし、4月26日、東京地裁において、「無罪判決」が出たのですから、小沢議員は、堂々と復権を果たされるべきだと思います。
今回も、植草先生のメルマガでのご正論に対して、私は、胸を震わせるような高ぶりを感じました。
私は、去る5月11日、民主党への入党を決意し、小沢議員の事務所を通じて、入党の手続きを済ませました。この度の植草先生のお導きに、心より感謝いたします。
私はまた、小沢議員を直に応援したり、政治的に発言したりする力無き、草莽の一老女に過ぎない身ではございますが、小沢氏が民主党員であられる限り、同党を支持します。
思えば、1993(平成5)年に、小沢氏が、自民党を割って出られた時より、私は、同氏を、”まことの政治家”として、心底、信じ抜いてきました。
今も、その気持に変わりはありません。国のため、国民のために正しく導いて下さるのが、ただ一人、小沢一郎氏であると信じております。
それゆえ、毎朝夕、神仏に、その身のご健全であること、また、どのような攻撃に身を晒されようとも、必ずや、小沢氏が、それに打ち勝って、国と国民を正しく導いて下さることを、心より祈念しています。
先程も述べましたように、テレビで盛んに報道される番組で、人々は、我も我もと、小沢氏を貶しめています。
たとえ、彼らは、容姿ともに端麗ではあっても、その下に流れる血潮が清明であるのか、また、自分が語っていることが間違っていないと自信が持てるのか、ふと立ち止まって反芻することが肝要かと思われます。
なぜなら、人の世は、「利害得失」のみによって成り立っているわけではないからです。
良心にもとる事をして、まったく痛みを感じないなら、その人は、「生」を終える日の“審判”を待つしかありません。
たとえ、人をけなし、貶しめることが、自らの「職業」であるとしても。・・・・
小沢一郎議員が、堂々と今年の民主党代表選に出られて、初心を全うされ、結果、私たちを導いて下さることを、私は、心から祈念しています。
そして、これこそが、日本が、「真の日本」であるための第一条件だと思うのです。
【了】