日々の恐怖 7月4日 山
山で二度怖い思いしたことがある。
小学1年の頃、山にキャンプに来ていた時、ちょっとした冒険心でコッソリ周囲を探索してたら、獣道(道の右側は上り斜面、左側は急な下り斜面で下は川)を見つけた。
その獣道を道なりに歩いてたら、道そのものが足元から崩れて、斜面を10メートル程転がった。
途中の木にぶつかる形で何とか止まったけど、落ちたら死んでたろうなぁ。
次は小学5年生の頃。
これは、一番恐ろしかった。
これ以上の体験は、後にも先にも無い。
内容が内容だけに信じてくれない人もいるが、俺は確かに見た、と思っている。
そして見たのは俺一人じゃない。
親の後に付いて山中の獣道を歩いてた。
季節は夏。
周囲は夕闇が迫って来ていた。
陸自空挺レンジャー出身の親父が先導していたので、疲れはしていたけど恐怖は無かった。
頼れる親父であった。
聞こえる音といえば、二人の歩く音と木々のざわめき、種類は分からないが鳥の鳴き声と、谷を流れる川の音、だけだと思っていた。
何か、人の声が聞こえた気がした。
でも、特に川の音などは人の声に聞こえる場合もある。
最初はそれだと思っていた。
けれども、気にすれば気にするほど、人の声としか思えなくなってきた。
「 とうさん、誰かの声、聞こえない?」
「 ・・・・。」
「 誰だろ、何言ってるんだろ?」
「 いいから、歩け。」
言われるままに、黙々と歩いた。
だが、やっぱり声が気になる。
“ どこからしているんだろう?”
周囲をキョロキョロしながら歩ていると、谷底の川で何かが動いているのが見えた。
獣道から谷底までは結構な距離がある上に、木や草も多い。
そして夕闇が迫っているので、何かがいたとしてもハッキリ見える筈は無い。
ところが、ソイツはハッキリと見えた。
獣道と谷底の川は距離があるものの、並行したような形になっている。
そして、ソイツは谷底を歩きながら、ずっと我々に付いてきていた。
「 お~い、こっちに来いよぉ~!」
谷底を歩く坊主頭の男は、我々に叫んでいた。
ゲラゲラ笑いながら、同じ台詞を何度も繰り返している。
それだけでも十分異様だったが、その男の風体も奇妙だった。
着ているものが妙に古い。
時代劇で農民が着ているような服だ。
顔は満面の笑顔。
だが、目の位置がおかしい。
頭も妙にボコボコしている。
そして、結構な速度で移動している。
ゴツゴツした石や岩が多い暗い谷底を、ものともせず歩いている。
“ こんな暗くて距離もあるのに、何故あそこまでハッキリ見えるんだろう?
と言うか、白く光ってないか、あの人?”
小学生の俺でも、その異様さに気付き、思わず足を止めてしまった。
「 見るな、歩け!」
親父に一喝された。
その声で我に返った俺は、途端に恐ろしくなった。
しかし恐がっても始まらない。
後はもう、ひたすら歩くことだけに集中した。
その間も谷底からは、相変わらずゲラゲラ笑いながら呼ぶ声がしていた。
気付けば、俺と親父は獣道を出て、車両が通れる程の広い道に出ていた。
もう、声は聞こえなくなっていた。
帰りの車中、親父は例の男について話してくれた。
話してくれたと言っても、一方的に喋ってた感じだった。
「 7、8年位前まで、アレは何度か出ていた。
でも、それからはずっと見なかったから、もう大丈夫だと思っていた。
お前も見ると思わなかった。」
「 呼ぶだけで特に悪さはしないし、無視してれば何も起きない。
ただ、言う事を聞いて谷底に降りたら、どうなるか分らない。」
「 成仏を願ってくれる身内も、帰る家や墓も無くて寂しいから、ああして来る人を呼んでるんだろう。」
大体、こんな感じの内容だったと思う。
その後も、その付近には何度か行ったけれど、その男には会ってない。
今度こそ成仏したんだろうか?
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