日々の恐怖 7月20日 記憶喪失
俺の体験談を話します。
俺は中2の時にチャリで事故って、記憶喪失になったことがあります。
まぁだいたいこういうケースでは数日で記憶は戻るらしく、俺もそうでした。
よくマンガなどに出てくるような一生戻らないであろう記憶喪失ってのは、なかなか無いらしいです。
このときのことをよく覚えています。
気が付くと、病院のベッドの上。上体も起こしていました。
目覚めるのではなくて、ぼうっとしてた時にはっと気づく感じです。
それで、もう速攻でナゾ、ナゾ、ナゾ。
なんっっにもわからない。
最初に出た言葉は、
「 ハァ!?」
でした。
自分が誰か?
目の前のオバサンは誰か?
そんで、もんんんのすごい恐怖が襲ってくるんです。
ナニが怖いって、母親の顔がわからないとかそれよりも、自分が誰だかわからない。
しかしこの恐怖も台風みたいにすぐ去り、次は面白くて仕方がなくなってきたんです。
「 おしまいだ、俺はおしまい。」
と叫びながら、ゲラゲラゲラゲラ笑いました。
名前を忘れちまうだなんて、もうおかしくておかしくて。
目の前で母親がおろおろしながら泣いているのを、まるで水族館の中で分厚いガラス越しに魚を眺めているような感覚で見ていました。
そして、
“ この人なに泣いちゃってるの?
ばっか~。”
とおかしくてまた笑いました。
しかし妹が反対側でビャーーッと泣き始めたのに気が付いた俺は、なぜかどうしようもなく悲しい気持ちになって、
「 ごめんなさぁあああい!」
と、涙と鼻水をそれこそマンガのようにボタボタジャアジャアと垂れ流しながら号泣しました。
そんなカンジで超カオスな俺の病室に、聞きつけた医者と看護婦がドヤドヤっと入ってきて、俺を取り押さえて目に光を当て、医者がこう言ったんです。
「 君の名前は○○だ、○○××という名前だ!」
それを聞いた俺はウソみたいに眠気に襲われて、そのまま眠ってしまいました。
そして、次の日の昼に目覚めた時にはすっかり記憶が戻っていました。
怖いのは、俺はその時の自分の心情から行動、部屋の内装に至るまで、目で見たものと感じたもの全部を詳しく覚えていることです。
あの時家族が着ていた服の模様も、部屋にかけてある風景画の構図から色、母親の顔の筋肉のひきつり具合、掛け布団の右端の赤い糸くず、床のよごれなど、とにかくあの時の俺が見た範囲での部屋なら完璧に再現できるほどに覚えていました。
俺が喚いていたのが実質3分ぐらいだったから、きっとその3分で全部覚えたんだ。
あと、なんであんなに激しく笑ったり泣いたりしたのか、理由はわからないけど、
“ あんなの全然普通のこと。”
と認識しているのもなんか怖いです。
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