日々の恐怖 7月11日 兎(4)
大海嘯とは大津波のことだ。
道内の古い漁師達は伝承を信じ、ウサギやアイヌ語の意である“イセポ”を海上で口にすることを禁じていたと言う。
アイヌ達が海上にいる時は“イセポ”の代わりに“カイクマ”という言葉を用いた。
「 アイツは南、内地へ向けて走って行ったな。
今回は、こっちに被害はないかれもしれない。」
おっさんは言った。
アイヌの昔話がある。
昔、ある男がトンケシと言う場所を通りかかったとき、丘の上にウサギが立っていて海の方へ手を突き出し、しきりに何かを招き寄せるような仕草をしているのを目撃する。
彼は丘の下にある集落で周辺六ヶ所の首領が集まり酒宴を開いているので、津波が来るから早く逃げろと警告したが、首領達は酔っていて、津波など怖くないと刀を振り回し相手にしなかった。
男は呆れ、内陸へ向けて去っていった。
その直後、トンケシの集落は津波に飲まれ、全滅してしまった。
トンケシの丘にいたの津波を呼ぶ神で、海にいる無数の仲間を呼び寄せる儀式を行っていたのだと。
ウサギが立つ(イセポ・テレケ)を、白波が立つことだなどと今では言われている。
しかし、俺達が見たアレは一体なんだったんだろう。
実際、おっさんが必死になる理由は分かっていた。
1994年に起きた北海道東方沖地震による津波の記憶がある。
道内での被害は少なかったが、北方領土では死者行方不明者を出し、一万人近い住民がロシア各地へ移住を余儀なくされた。
道内に残るウサギと津波に纏わる伝承では、予兆現象があった即日から十年程の間に津波が起こったとされているようだ。
宿まで戻った俺達は早々に根室を後にした。
今日は釧路湿原の脇を抜け、阿寒国立公園を目指す。
観光化されたとはいえ、アイヌの伝承や文化が残っている場所だ。
それに内陸部だから津波に襲われる心配はまず、無いだろう。
結局、俺達が北海道にいる間、津波は起こらなかった。
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