日々の恐怖 7月18日 千円札(3)
古戦場から出てきた鎧兜や、廃屋から掘り出した鏡みたいにはいかないか。
確かにそうだよなあ。
「 まあ、誰でもいいから呪いたい、って話なら別だけど・・・。」
今のご時世、そんなヤツ普通にいそうでヤだなあ。
「 あー、まあ、その紙幣に呪いがかけられてるって話自体、飛ばしすぎじゃ無ぇの?
どっかのアホなホステスか何かが、酔っ払ったあげくにアホな事をしただけ、って可能性が一番高いって言うか、多分そうだろ。」
でも、では何故あの紙幣はウチの店に何度も何度もやって来るのか。
「 紙幣ナンバー、憶えてるのか?」
「 は?」
「 同じ紙幣なのかな、それは?」
思いもよらなかった事を言う。
確かにナンバーは控えていない。
て言うか誰も控えないだろ、いちいち。
「 郵便局だって、一回位はそんな汚れた紙幣をお客さんに間違って出しちゃうかもしれない。
でも、それが二度三度続いて、しかもそれが回りまわって同じ店にやってくるってのは、確率的にちょっとおかしいだろ。」
「 うーむ。」
「 それよりは、お前の町のどこかで誰かが、そういうキスマーク紙幣を量産して流通にばら撒いている。
その内の何枚かが、お前の店に何枚か流れてきた。
そう考える方が、確率的にはおかしくないんじゃね?」
「 うーむ。」
確かに、確率的にはそちらの方がおかしくないだろう。
でも、お話としてはどうだろう?
女が一人、自分の部屋で口紅を塗っては千円札に鮮やかなキスマークを付ける。
財布の中に入っている限りの千円札に口付けをしていく、そんな光景。
どんな理由があろうとも、それは想像するだにおっかない情景では無かろうか。
「 そのキスマークにどんな意味があるのか知れないけど、仮に呪いを込めてるとして・・・。」
友人が最後にこう締めくくった。
「 そいつはお前や店を呪ってるんじゃ無い。
しばらくは、それが流通するであろうお前の町全体を呪ってるんだと思うよ。」
ともあれ、僕が体験した一番不気味な出来事は、僕自身には一切害のないまま幕を閉じた。
キスマーク付きの千円札は、それ以来見かけない。
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