日々の恐怖 7月10日 兎(3)
波を蹴立てて船は進み、おっさんが俺達に見せたかったのは、空が白み始め、360度全てに島影すら見えない大海原、しばらくすると水平線から顔を出す黄金色に輝く朝日だった。
北海道へやって来て、二十歳をとうに過ぎた男三人が、景色に目を奪われ、息を呑み、胸を詰まらせた事が幾度となくあったが、この朝日の神々しさは格別だった。
地理的になかなか見られない御来光を拝んだ後、おっさんの用意してくれた朝飯を食った。
海苔と塩だけの握り飯にカニ味噌と身の入った味噌汁だ。
それらを頬張りながら、俺は艫で甲板に腰を下ろして海を見ていた。
そのとき10メートル程先、波間に顔を出している白いものがいることに気が付いた。
ゴマフアザラシかと思ったが、天に向けてにょっきり伸びる一対の長い耳があった。
そいつは前脚を出し、水面へ置いたかと思うと、そこを支点によっこらしょと胴体を海中から引き抜く。
波の上に乗って後脚二本で立ち上がり、周囲を警戒する一匹の動物らしきもの。
“ なんだろ・・・、あれ・・・・?”
それは半透明で白い輪郭を持ち、感覚としては一対の長い耳から、白いウサギのように見えた。
“ 幻覚か・・・・?”
俺の右手から握り飯がこぼれて海へ落ちた。
それがくるりと俺に背中を向け、波の上を走り去っていった。
“ 何だ、今のは・・・・?”
俺達は呆気に取られた。
その中で最初に我へ返ったのは、おっさんだった。
おっさんは一言、
「 ヤバイッ!!」
と言うと、慌てて船を回頭し根室の港へ向けて走らせる。
そのおっさんのとばし方が尋常ではなかった。
まるで何かから必死で逃れようとしているかのように、操舵輪を握る顔は青ざめ引き攣っていた。
「 ウサギが立った。
大津波が来るぞ。」
アイヌの伝承にあるそうだ。
海で、
“ ウサギ(イセポ)が立つ(テレケ)。”
は、大海嘯の前触れである。
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