【近江八幡水ヵ浜 シャーレ】
正午過ぎ、彼女が外に出ましょうというので、手を止めひとつ返事で、水ヵ浜へ車を走らせる。コースは普段と
はことなる湖岸道路から長命寺廻りの北上コースをとる。湖岸を散策し写真を撮り、店内でコーヒーとオレンジ
ジュースを頼み休息、いつものように世間話をして帰路につく。
神戸大学大学院医学研究科分子生物学分野の片岡徹教授らの研究グループが、大腸がんやすい臓がん
などのがん発症に関わるがん遺伝子のたんぱく質 (Ras) の働きを止める物質を突き止めたという。
それによると、Rasはその分子表面にポケット構造(薬剤を鍵とすると鍵穴に相当)を持たないため、
Rasに直接結合しその働きを止める物質の開発は不可能と思われてきたが、大型放射光施設SPring-8の
協力下で、2005年に世界に先駆けてRasの分子表面にポケット構造を発見したのを皮切りに、そのポケッ
トに特異的に結合することにより、Ras が引き起こす細胞がん化シグナルの伝達を遮断する3種類の
物質(低分子化合物)を、コンピュータシミュレーションと試験管内及び細胞レベルでの活性検定を
組み合わせた独自の手法を用いることで発見できたという。これらの物質(Kobeファミリー化合物)
は、マウスに移植したヒト大腸がん細胞の腫瘍形成を抑制する顕著な抗がん作用を示すという。
抗癌剤の開発も、並み居る欧米を向こうに善戦していることが分かる。これで膵臓癌の脅威を克服できるたな
ら、強いストレス性労働による落命率がゼロの道が拓ける?!
※ 特開2009-112203 ホスホリパーゼCεを分子標的とした新規抗炎症薬のスクリーニング方法、お
よび尋常性乾癬様の慢性皮膚炎モデル動物
※ 再表2011/007773 変異型Rasポリペプチドの結晶
【アンチエイジングに朗報か?!】
脳内視床下部に老化に関わる源泉機能を発見。この機能(部位)を制御することで全身の抗老化作用
を高めることができるかもしれない(下図クリック)。
A Boy And His Atom: The World's Smallest Movie
IBMの科学者チームは、同社が開発した「走査型トンネル顕微鏡」の非常に鋭い探針を銅の表面に沿
って操作し、原子や分子を引き寄せて精密に動かすことによって映画を製作した。IBMによると、今
回製作された映画は、ギネス世界記録によって「世界一小さなストップモーション映画」に認定さ
れたという。すごいねぇ~~~、さよなら、バルク、時代は、量子ドット時代へ。
時刻表どおり九時ちょうどに、松本行きの特急列車はプラットフォームを離れた。彼はベン
チに座ったまま、その明かりが線路を遠ざかり、スピードを上げながら夏の夜の奥に消えてい
くのを最後まで見届けた。最終列車の姿が見えなくなってしまうと、あたりは急にがらんとし
た。街そのものが輝きを一段階落としたようにも見えた。芝居が終り、照明が落とされた後の
舞台のようだ。彼はベンチから立ち上がり、ゆっくり階段を降りた。
新宿駅を出て、近くにある小さなレストランに入り、カウンター常に座ってミートローフと
ポテトサラダを頼んだ。そしてどちらも半分残した。まずかったわけではない。そこはミート
ローフがうまいことで有名な店だった。ただ食欲がなかったのだ。ビールもいつものように半
分だけ飲んで残した。
それから電車に乗って自分の部屋に戻り、シャワーを浴びた。石鹸で丁寧に身体を洗い、身
体の汗を落とした。そしてオリーブグリーンのバスローブを着て(かつてのガールフレンドが
三十歳の誕生日にプレゼントしてくれたものだ)ベランダの椅子に座り、夜の風に吹かれなが
ら、鈍くくぐもった街の騒音に耳を澄ませた。もう十一時近くになっていたが眠くはなかった。
大学生のとき、死ぬことばかり考えていた日々のことを、つくるは思い起こした。もう十六
年も前になる。その頃は、ただじっと深く自分の内奥を見つめていれば、心臓はやがて自然に
停止してしまいそうに思えたものだ。精神を鋭く集中し、一か所にしっかり焦点を結んでいれ
ば、レンズが陽光を集めて紙を発火させるのと同じように、心臓に致命傷を与えられるに違い
ないと。彼はそうなることを心から期待していた。しかし彼の意に反して、何か月経っても心
臓は停まらなかった。それほど簡単に心臓は停まらないものなのだ。
遠くでヘリコプターの音が聞こえた。こちらに近づいてくるらしく、音はだんだん大きくな
っていった。彼は空を見上げ、機影を求めた。それは何らかの大事なメッセージを持った使者
の到来のように感じられた。しかしその姿はとうとう見えないまま、プロペラの音は遠ざかり、
やがて西の方向に消えていった。あとには柔らかくとりとめのない、夜の都市のノイズだけが
残った。
シロがあのとき求めていたのは、五人のグループを解体してしまうことだったのかもしれな
い。そういう可能性がつくるの頭にふと浮かんだ。彼はベランダの椅子に座り、その可能性に
少しずつ具体的なかたちを与えていった。
高校時代の五人はほとんど隙間なく、ぴたりと調和していた。彼らは互いをあるがままに受
け入れ、理解し合った。一人ひとりがそこに深い幸福感を抱けた。しかしそんな至福が永遠に
続くわけはない。楽園はいつしか失われるものだ。人はそれぞれに違った速度で成長していく
し、進む方向も異なってくる。時が経つにつれ、そこには避けがたく違和が生じていっただろ
う。微妙な亀裂も現れただろう。そしてそれはやがて微妙なというあたりでは収まらないもの
になっていったはずだ。
シロの精神はおそらく、そういう来るべきものの圧迫に耐えられなかったのだろう。今のう
ちにそのグループとの精神的な連動を解いておかないことには、その崩壊の巻き添えになり、
自分も致命的に損なわれてしまうと感じたのかもしれない。沈没する船の生む渦に呑まれ、海
底に引きずり込まれる漂流者みたいに。
その感覚はつくるにもある程度理解できるものだった。今では理解できるということだ。お
そらくは性的な抑制がもたらす緊張が、そこで少なからぬ意味を持ち始めていたに違いない。
つくるはそう想像する。生々しい性夢を後口抜にもたらすことになったのも、おそらくはその
緊張の延長線上にあるものだったのだろう。それはまた他の四人にも何かを--どんなものか
は知れないが--もたらしていたかもしれない。
シロはおそらくそんな状況から逃げ出したかったのだろう。感情のコントロールを絶え間な
く要求する緊密な人間関係に、それ以上耐えられなくなったのかもしれない。シロは五人の中
では疑いの余地なく、最も感受性の強い人間だった。そしておそらく誰よりも早く、その軋み
を聞き取ったのだろう。しかし彼女には、自らの力でその輪の外に逃れることはできない。そ
こまでの強さを彼女は具えていない。だからシロはつくるを背教者に仕立てる。つくるはその
時点で、サークルの外に出て行った最初のメンバーとして、その共同体の最も弱いリンクにな
っていた。言い換えれば、彼には罰される資格があった。そして彼女が誰かにレイプされたと
き(誰がどのような状況で彼女を犯し妊娠させたのか、それはたぶん永遠に謎のままだろう)、
ショックのもたらすヒステリックな混乱の中で、彼女は電車の非常停止装置を引くみたいに、
渾身の力を込めてその弱いリンクを引きちぎったのだ。
そう考えるといろんな筋が通るかもしれない。彼女はそのときおそらくは本能の命じるまま
に、つくるを踏み台にして閉塞の壁を乗り越えようとした。多崎つくるならそんな立場に置か
れても、それなりにうまく生き残っていけるはずだ、シロはそう直観したのだろう。エリが冷
静にそういう結論に達したのと同じように。
冷静でいつもクールに自分のペースを守る多崎つくるくん。
つくるはベランダの椅子から立ち上がり、部屋に戻った。棚からカティーサークの瓶を出し
てグラスに注ぎ、それを手に再びベランダに出た。そして椅子に腰を下ろし、右手の指先でし
ばらくこめかみを押さえた。
いや、おれは冷静でもなければ、常にクールに自分のペースを守っているわけでもない。そ
れはだだバランスの問題に過ぎない。自分の抱える重みを支点の左右に、習慣的にうまく振り
分けているだけだ。他人の目には涼しげに映るかもしれない。でもそれは決して簡単な作業で
はない。見た目よりは手間がかかる。そして均衡がうまくとれているからといって、支点にか
かる総重量が僅かでも軽くなるわけではないのだ。
それでも彼はシロを--ユズを--赦すことができた。彼女は深い傷を負いながら、ただ自
分を必死に護ろうとしていたのだ。彼女は弱い人間だった。自分を保護するための十分な堅い
殼を身につけることができなかった。迫った危機を前にして、少しでも安全な場所を見つける
のが精一杯で、そのための手段を選んでいる余裕はなかった。誰に彼女を貴められるだろう?
しかし結局のところ、どれだけ遠くに逃げても、逃げ切ることはできなかった。暴力を忍ばせ
た暗い影が、執拗に彼女のあとを追った。エリが「悪霊」と呼んだものだ。そして静かな冷た
い雨の降る五月の夜に、それが彼女の部屋のドアをノックし、彼女の細く美しい喉を紐で絞め
て殺した。おそらくは前もって決められていた場所で、前もって決められていた時刻に。
つくるは部屋に戻り、受話器をとって、その意味を深く考えないまま短縮番号を押し、沙羅
に電話をかけた。しかし三回コール音が聞こえたあとではっと我に返り、思い直して受話器を
置いた。時刻はもう遅い。そして明日になれば彼女に会える。顔を合わせて話をすることがで
きる。その前に中途半端なかたちで話をするべきじゃない。それはよくわかっていた。しかし
何はともあれ、彼は今すぐ沙羅の声を耳にしたかった。それは自然に内側から湧き起こってき
た感情だった。その衝動をつくるは抑えることができなかった。
彼はラザール・ベルマンの演奏する『巡礼の年』をターンテーブルに載せ、針を落とした。
心を定め、その音楽に耳を澄ませた。ハメーンリンナの湖畔の風景が浮かんだ。窓の白いレー
スのカーテンが風にそよぎ、小さなボートが波に揺られてかたかたという音を立てていた。林
の中では親鳥が辛抱強く小鳥に啼き方を敦えていた。エリの髪には柑橘類のシャンプーの匂い
が残っていた。彼女の乳房は柔らかく豊穣で、そこには生き続けることの密な重みがあった。
道案内をしてくれた気むずかしそうな老人は夏草の中に硬い痰を吐いた。大は幸福そうに尻尾
を振ってルノーの荷物席に飛び乗った。そんな情景の記憶を辿っているうちに、そこにあった
胸の痛みが戻ってきた。
つくるはカティーサークのグラスを傾け、スコッチ・ウィスキーの香りを昧わった。胃の奥
加ほんのりと無くなった。.大学二年生の夏から冬にかけて、死ぬことばかり考えていた日々、
毎晩こうして小さなグラスに一杯、ウィスキーを飲んだものだ。そうしないことにはうまく眠
れなかった。
唐突に電話のベルが鳴り出した。彼はソファから立ち、リフトでレコードの針を上げ、電話
機の前に立った。それが沙羅からの電話であることはおそらく間違いない。こんな時刻に電話
をかけてくる相手は彼女しかいない。つくる加電話をかけたことを知って、コールバックして
きたのだろう。受話器を取るべきかどうか、コールが十二回続くあいだ、つくるは迷っていた。
唇を堅く結び、息をひそめ、電話機をじっと見ていた。黒板に書かれた長く難解な数式の手が
かりを求めて、少し離れたところから細部を検分する人のように。しかし手がかりは得られな
かった。ベルはやがて削み、沈黙があとに続いた。含みを持った深い沈黙だった。
つくるはその沈黙を埋めるために、再びレコードに針を下ろし、ソファに戻って音楽の続き
に耳を澄ませた。今度は具体的なことを何ひとつ考えないように努めた。目を閉じ、頭を空白
にし音楽そのものに意識を集中した。やがてそのメロディーに誘い出されるように、瞼の裏側
に様々なイメージが次々に浮かび、浮かんでは消えていった。具象性や意味を持だない一連の
形象だった。それらは意識の暗い縁からぼんやりと現れ、可視領域を音もなく横切り別の縁に
吸い込まれて消えていった。顕微鏡の円形の視野を横切っていく、謎めいた輪郭を持った徹生
物のように。
十五分後にまた電話のベルが鳴ったが、つくるはやはり受話器を取らなかった。今度は音楽
も止めず、ソファに腰を下ろしたまま、その黒い受話器をただ注視していた。ベルの回数も数
えなかった。そのうちにベルは止み、聞こえるのは音楽だけになった。
沙羅、と彼は思った。君の声が聞きたい。他の何よりも聞きたい。でも今は話すことができ
ないんだ。
明日、沙羅はおれではなく、あのもう一人の男を選ぶかもしれない。彼はソファに横になり、
目を閉じてそう思った。それは十分起こり得ることだし、彼女にとってはむしろそちらが正し
い選択なのかもしれない。
相手の男がどういう人間なのか、二人がどのような関係を結んでいるのか、どれくらい長く
つき合ってきたのか、つくるには知りようがない。また知りたいという気持ちもない。ただひ
とつ言えるのは、今の時点でつくるが沙羅に差し出せるものは、とても僅かしかないというこ
とだ。限られた凱の、限られた種類のものだ。そして内容的に見れば、おおむね取るに足らな
いものでしかない。そんなものを誰かが本気で欲しがるだろうか?
沙羅はおれに好意を持っていると言う。それはおそらく本当だろう。しかし世の中には好意
だけではまかないきれないものごとが数多くある。人生は長く、時として過酷なものだ。犠牲
者が必要とされる場合もある。誰かがその役を務めなくてはならない。そして人の身体は脆く、
傷つきやすく、切れば血が流れるように作られている。
いずれにせよもし明日、沙羅がおれを選ばなかったなら、おれは本当に死んでしまうだろう、
と彼は思う。現実的に死ぬか、あるいは比喩的に死ぬか、どちらにしてもたいした変わりはな
い。でもたぶんおれは今度こそ、確実に息を引き取ることだろう。色彩を持たない多埼つくる
は完全に色を失い、この世界から密やかに退場していくだろう。すべては無となり、あとに残
るのは一握りの硬く凍った土塊だけ、ということになるかもしれない。
たいしたことじゃない、と彼は自分に言い聞かせる。それはこれまでに幾度も起こりかけた
ことだし、実際に起こっていたとして何の不思議もないことだった。ただの物理的な現象に過
ぎない。巻かれていた時計のねじがだんだん緩んで、モーメントが限りなくゼロに近くなり、
やがて歯車が最後の動きを血め、針がひとつの位置にぴたりと停止する。沈黙が降りる。それ
だけのことじやないか。
日付が変わる前にベッドに入り、枕元の明かりを消した。沙羅が出てくる夢が見られるとい
いのだが、とつくるは思った。エロテイックな夢でもいいし、そうでなくてもいい。しかしで
きることなら、あまり哀しくない夢がいい。彼女の身体に手を触れられる夢なら言うことはな
い。それは所詮夢なのだから。
彼の心は沙羅を求めていた。そんな風に、心から誰かを求められるというのは、なんて素晴
らしいことだろう。つくるはそのことを強く実感した。とても久しぶりに。あるいはそれは初
めてのことかもしれない。もちろんすべてが素晴らしいわけではない。同時に胸の痛みがあり、
息苦しさがある。恐れがあり、暗い揺れ戻しがある。しかしそのようなきつさでさえ、今は愛
おしさの大事な一部となっている。彼は自分か今抱いているそのような気持ちを失いたくなか
った、一度失ってしまえば、もう二度とその温かみには巡り合えないかもしれない。それをな
くすくらいなら、まだ自分自身を失ってしまった方がいい。
「ねえ、つくる、君は彼女を手に入れるべきだよ。どんな事情があろうと。もしここで彼女を
離してしまったら、もう誰も手に入れられないかもしれないよ」
エリはそう言った。彼女の言うとおりなのだろう。何があろうと沙羅を手に入れなくてはな
らない。それは彼にもわかる。しかし言うまでもなく、彼一人で決められることではない。そ
れは一人の心と、もう一人の心との間の問題なのだ。与えるべきものがあり、受け取るべきも
のがある。いずれにせよすべては明日のことだ。もし沙羅がおれを選び、受け入れてくれるな
ら、すぐにでも結婚を申し込もう。そして今の自分に差し出せるだけのものを、それが何であ
れ、そっくり差し出そう。深い森に迷い込んで、悪いこびとたちにつかまらないうちに。
「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」、それがつくるがフィンランドの湖
の畔で、エリに別れ際に伝えるべきこと-でもそのときには言葉にできなかったことだった。
「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。
そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」
彼は心を静め、目を閉じて眠りについた。意識の最後尾の明かりが、遠ざかっていく最終の
特急列車のように、徐々にスピードを増しながら小さくなり、夜の奥に吸い込まれて消えた。
あとには白樺の木立を抜ける風の音だけが残った。
PP.361-370
村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
I once had a girl or should I say she once had me?
She showed me her room "Isn't it good, Norwegian wood?"
She asked me to stay
And she told me to sit anywhere
So I looked around
And I noticed there wasn't a chair
I sat on a rug, biding my time
Drinking her wine
We talked until two
And then she said, "It's time for bed"
She told me she worked in the morning
And started to laugh
I told her I didn't
And crawled off to sleep in the bath
And when I awoke I was alone
This bird had flown
So I lit a fire
Isn't it good, Norwegian wood ?
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