春庭Annex カフェらパンセソバージュ~~~~~~~~~春庭の日常茶飯事典

今日のいろいろ
ことばのYa!ちまた
ことばの知恵の輪
春庭ブックスタンド
春庭@アート散歩

ぽかぽか春庭「三菱一号館美術館」

2012-04-20 00:00:01 | エッセイ、コラム
2012/04/20
ぽかぽか春庭@アート散歩>建物めぐり(3)三菱一号館美術館

 私の好きなレンガの建物。
 旧近衛師団本部の建物がそっくりそのまま保存できた近代美術館工芸館。
 コンドルの弟子辰野金吾設計の東京駅は、現在、戦前当初の姿に復元すべく改修中。

工芸館の桜          改修中の東京駅
  
10月の改修完成へ向けて工事が続く東京駅
    

 東京駅や工芸館のように、公共的な建築物は保存ができるのですが、そうでないと、「老朽化により解体」という憂き目に遭う建物も多い。私が好きだった有楽町駅前の可口飯店のレトロなビルも、解体されてしまい、今はありません。当時は解体されるとも思わずにタイ料理などを食べていて、写真も撮っておきませんでした。(下の写真は、ネットからの借り物)。

 地価の高い東京ですから、高層ビルに建て替えられてしまうのは時代の流れなのでしょうが、建物の保存ができず、キッチュなレプリカにされてしまった所もあります。
 日本銀行協会は1914(大正3)年建設の美しい建物でしたが、高層ビル化により、外壁だけをビルに貼り付けた形で保存され、これじゃディズニーランドの建物よりもっとキッチュな感じと、文句をつけたことがありました。こちらも解体前の銀行協会の写真を撮ってありませんでした。手持ちの写真は「高層ビルの壁」になってからのもの。

 春庭本館「話ことばの通い路」の「ニッポニアニッポン事情 近代建築編」に建築保存について書いてきました。
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/nipponjijo0605a.htm

可口飯店(解体前)        日本銀行協会(解体後)
  

 コンドル設計の旧岩崎邸。こちらは煉瓦作りではないですが、好きな建物のひとつです。GHQに接収後、貴重な金唐革壁紙にペンキを塗られて台無しになってしまうなどの被害はありましたが、旧前田侯爵邸や庭園美術館と同じようにGHQ接収解除後は東京都の管理下におかれ、保存ができました。

旧岩崎邸玄関側       南面ベランダ側
  

 ジョサイア・コンドル設計の旧古河邸(現在は大谷美術館として保存)

(右側写真に写り込んでしまった方、すみません。加工法を知らないので、お姿をカットできませんでした。)
 
 建築復元の技術が進み、老朽化によって取り壊された建物が解体後、復元された例もあります。三菱一号館です。コンドルによって1894(明治27)年に建てられた、三菱様式建築の最初のものです。
 1894年建設当時の模型


 老朽化のために1968(昭和43)年に解体され、40余年ののち、コンドルの原設計に忠実に、細部の部材なども保存しておいた古いものを使うなどして、復元がなりました。復元には賛否両論もあったようですが、日本銀行協会の貼り付け外壁保存よりはマシなんじゃないかと思います。

復元された三菱一号館正面     中庭側から
  

 三菱一号館美術館として2010(平成22)年春にオープン。私は今回初めて入館しました。「カタガミ・スタイル」の招待券をもらったからです。
 4月11日の夕方、仕事帰りに夜8時までオープンしていることを確かめて寄りました。復元されたコンドル設計の建物を見ることが目的だったのですが、「カタガミ・スタイル」は予想以上の充実した展示で、いつもは買わない図録を2800円はたいて買ってしまいました。

 カタガミスタイルをじっくり見ていたら、「コンドルが愛した日本」という建物紹介のコーナーを見る時間がなくなりました。外に出るともう真っ暗で建物の写真を撮ることができなかったので、4月19日にもう一度三菱一号館を訪れました。
 
 復元の過程はデジタル展示されており、中国浙江省での煉瓦作り、煉瓦を積み上げての強度試験、避雷針復元、鉄骨柱回りを覆う木彫装飾などの復元など、多くの技術者が職人としての誇りをかけて復元工事に携わった様子がわかりました。

 「職人さん達、すごいなあ」という精緻な復元の苦労への感想もさることながら、「どんだけ金かけて復元したのやら。ミツビシ、金もってるなあ」という「何をみてもこの感想になってしまう庶民」の感想ももってしまうのが、私。

 三菱一号館紹介ページ
http://mitsubishi-ichigokan.jp/

<つづく>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする