2013/01/13
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>ちえのわ三色七味日記2013年1月(5)10年前の1月下旬
10年前の春庭日記コピーです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2003/01/21 火 晴れ
ニッポニア教師日誌>教師像
漢字会話2コマ。
娘の「教師論」のレポートは「私の身近にいる教師の紹介」。
家族や親戚、自分が教わった先生にインタビューして、教師像をまとめる。娘の「身近な教師」は、母親。
「教師論を担当している先生が、あなたのお母さんは面白い人ね。会って話がしてみたい、って言ってた」と娘が言うので、「じゃ、会ってきて、うちの娘に優をくださいって頼んでこよう」と冗談で。
教師論の先生は若い助手で、教育社会論をやっている人。論文テーマを検索すると「子育て期の女性教師への聞き取り調査」とか「女性校長への聞き取り調査」などをやっていた。女性教師の社会的なありかたについて研究しているらしい。
たぶん、私は彼女のいいネタになれる存在なんだろう。子育てしつつ仕事をしつつの主婦学生歴8年、子供を預けて海外単身赴任半年という経歴は、「女性教師インフォーマント」の中にもそれほどたくさんはいないだろうな。
でもね、珍種ではあっても、就職口はなかった。ぐすん。
本日のうらみ:教育社会学のネタには足りるが、日本語教師の口には足りない。帯に短したすきに長し、中途半端がおらが一生
-------------------------------------------------
2003/01/22 水 曇り 753
ニッポニアニッポン事情>家の芸
天皇の入院中は皇太子が職務を代行。
さて、明日歌舞伎を見にいくせいか、「家の芸」についていささか考えた。歌舞伎の中で、主だった役はすべて世襲の俳優が引き受けている。親が歌舞伎俳優でなく、国立劇場の養成所とか、そういうところからの出身者で、主役級の役をもらう人がいたのだろうか。
前進座はそういう世襲制を嫌って新しい歌舞伎の劇団を作ったはずなのに、現在の主演級俳優はみな2世3世だ。新派しかり。
多くの約束事がある芸の習得にとって、個人の資質が「家の芸」を引き継いだ世襲俳優を超えることができるのか、というのが、小林恭二『歌舞伎の日』世界座のひとつのテーマでもあった。
「国民統合の象徴」という伝統芸を身につけるのにも、やはり「家の芸」として、生まれたときから「そうなるべき環境の中でそうなるべく教育された」者が最も芸を発揮できるのであろうか。
しかし、世界座では、世襲の名宝名切丸がなくとも、立派に芝居をやりとげたではないか。
「家の芸」とは何か。歌詠みにとって、冷泉家の家伝秘伝がなくとも、すぐれた歌を詠むことができることは、もうわかった。能狂言では、世阿弥の花伝書も公になり、観世今春一族でなくとも、立派な俳優が出ている。歌舞伎芸は?「国民統合の象徴」は?
本日のつらみ:政界で2世3世が増えているのは、どうよ?
------------------------------------------------------
2003/01/23 木 午前中雪、午後雨
ジャパニーズアンドロメダシアター>歌舞伎座
葉書を出して、歌舞伎座の券が一枚あたったので、雪の中見に行った。今日は東銀座で降りることを確かめて、地下鉄の出口を出ると、ちゃんと目の前に歌舞伎座があった。
でも、雨だから早めに出ていこうと思って、早く出過ぎたので、3時に着いてしまった。4時半開演まで時間があるので、ドトールに入ってコーヒーをいっぱい。開演まで時間をつぶそうとしたが、おっさんたちのたばこが煙くて長居できない。
雨の中外に出た。老舗らしい鬘屋とか、面白そうな地域ではあるが、どしゃぶりのような雨だったので、歩けない。ぎんだこ本店があったのでたこ焼き買って、交差点の大阪寿司の店であなごちらしとお茶を買って、歌舞伎座に戻る。
4時から開場。解説イヤホンを借りた。どうせ3階の一番はしっこだろうから、よく見えない分、解説でも聞いていなければと思って。劇場で解説イヤホンを借りるのは初めての経験だったので、貸し出し料金のほか、保証金を1000円払うことも知らなかった。
だいたい、歌舞伎座に来るのだって、四半世紀ぶりのことなのだ。大学院で演劇学の聴講をしていたころ、郡司正勝さんか池田弥三郎さんのどちらかが、学生のために券を配っていたのをもらったように思う。自分で「一幕見」の券を買ったときもあったかもしれない。もはや記憶は定かではない。
今日の席は3階の一番うしろ「わ列7番」だった。「わ列」のそのまたうしろは「1幕立ち見席」。学生のとき座ったのは、この1幕立ち見だったような気もする。
NHKの3チャンネルで放送するテレビカメラが入っていたので、中盤後半だれがちな日にちだが、役者も気合いがはいっていた。今日の演技が永久保存版になるかもしれないんだから。
夜の部は、『寺子屋』松王幸四郎、源藏三津五郎、戸浪福助、千代玉三郎。清元舞踊が『保名』芝翫、『助六』助六団十郎、新兵衛菊五郎、意休左団次、などなどの初春ご祝儀配役。見に来る人は、演技がどうこ踊りがどうこうより、1月にお祝い気分になれればいいのである。
特に助六の三味線は「河東節一寸見会」という大店や会社社長などの趣味の会が日替わりで日頃の芸を発表する場になっているとかで、そちらの関係の応援観客も多く、場内はじいさんばあさんでいっぱい。
同じ歌舞伎を見るなら、浅草歌舞伎の若手のほうがよさそうだったが、こちらは完売。キャンセル待ち当日券を求めるギャルファンたちが列を作っているそう。はたして浅草歌舞伎を見た人たちの何人が歌舞伎を引き続き見ていく層になるのだろうか。少なくとも歌舞伎座の観客を見た限りでは、このじいさんばあさん観客が死んじゃったら、興行が成り立つのかしらと心配になるのだが。
寺子屋の「主君のあとつぎを守るために自分の子供を身代わりに殺させる松王夫婦」と「主君のあとつぎ若君を守るために、赤の他人の子供を殺してしまう源藏夫婦」がいっしょになってどんなに嘆いて見せても、「やっぱこの殺人、まずいよねぇ」という気持ちがぬけない。
「主君のためなら我が子も殺すのが臣下のつとめ」という価値観が変わってしまった以上、この芝居は正月草々どういう気分で見ればいいんだろう。
助六は曾我兄弟仇討ちだけど、こっちは名刀「友切丸」を探すクエストもの変形だから、揚巻や白玉の衣裳を見せるだけでも正月気分でよろしい。
小林恭二『歌舞伎の日』を芝居にしたらいいのになあ。
本日のひがみ:一月らしい晴れ着でロビーを埋めるオバサンたち。雨の中を歩き回ったジーンズが濡れて冷たい、招待券入場のオバサンもいるぞ
<つづく>
ぽかぽか春庭日常茶飯事典>ちえのわ三色七味日記2013年1月(5)10年前の1月下旬
10年前の春庭日記コピーです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2003/01/21 火 晴れ
ニッポニア教師日誌>教師像
漢字会話2コマ。
娘の「教師論」のレポートは「私の身近にいる教師の紹介」。
家族や親戚、自分が教わった先生にインタビューして、教師像をまとめる。娘の「身近な教師」は、母親。
「教師論を担当している先生が、あなたのお母さんは面白い人ね。会って話がしてみたい、って言ってた」と娘が言うので、「じゃ、会ってきて、うちの娘に優をくださいって頼んでこよう」と冗談で。
教師論の先生は若い助手で、教育社会論をやっている人。論文テーマを検索すると「子育て期の女性教師への聞き取り調査」とか「女性校長への聞き取り調査」などをやっていた。女性教師の社会的なありかたについて研究しているらしい。
たぶん、私は彼女のいいネタになれる存在なんだろう。子育てしつつ仕事をしつつの主婦学生歴8年、子供を預けて海外単身赴任半年という経歴は、「女性教師インフォーマント」の中にもそれほどたくさんはいないだろうな。
でもね、珍種ではあっても、就職口はなかった。ぐすん。
本日のうらみ:教育社会学のネタには足りるが、日本語教師の口には足りない。帯に短したすきに長し、中途半端がおらが一生
-------------------------------------------------
2003/01/22 水 曇り 753
ニッポニアニッポン事情>家の芸
天皇の入院中は皇太子が職務を代行。
さて、明日歌舞伎を見にいくせいか、「家の芸」についていささか考えた。歌舞伎の中で、主だった役はすべて世襲の俳優が引き受けている。親が歌舞伎俳優でなく、国立劇場の養成所とか、そういうところからの出身者で、主役級の役をもらう人がいたのだろうか。
前進座はそういう世襲制を嫌って新しい歌舞伎の劇団を作ったはずなのに、現在の主演級俳優はみな2世3世だ。新派しかり。
多くの約束事がある芸の習得にとって、個人の資質が「家の芸」を引き継いだ世襲俳優を超えることができるのか、というのが、小林恭二『歌舞伎の日』世界座のひとつのテーマでもあった。
「国民統合の象徴」という伝統芸を身につけるのにも、やはり「家の芸」として、生まれたときから「そうなるべき環境の中でそうなるべく教育された」者が最も芸を発揮できるのであろうか。
しかし、世界座では、世襲の名宝名切丸がなくとも、立派に芝居をやりとげたではないか。
「家の芸」とは何か。歌詠みにとって、冷泉家の家伝秘伝がなくとも、すぐれた歌を詠むことができることは、もうわかった。能狂言では、世阿弥の花伝書も公になり、観世今春一族でなくとも、立派な俳優が出ている。歌舞伎芸は?「国民統合の象徴」は?
本日のつらみ:政界で2世3世が増えているのは、どうよ?
------------------------------------------------------
2003/01/23 木 午前中雪、午後雨
ジャパニーズアンドロメダシアター>歌舞伎座
葉書を出して、歌舞伎座の券が一枚あたったので、雪の中見に行った。今日は東銀座で降りることを確かめて、地下鉄の出口を出ると、ちゃんと目の前に歌舞伎座があった。
でも、雨だから早めに出ていこうと思って、早く出過ぎたので、3時に着いてしまった。4時半開演まで時間があるので、ドトールに入ってコーヒーをいっぱい。開演まで時間をつぶそうとしたが、おっさんたちのたばこが煙くて長居できない。
雨の中外に出た。老舗らしい鬘屋とか、面白そうな地域ではあるが、どしゃぶりのような雨だったので、歩けない。ぎんだこ本店があったのでたこ焼き買って、交差点の大阪寿司の店であなごちらしとお茶を買って、歌舞伎座に戻る。
4時から開場。解説イヤホンを借りた。どうせ3階の一番はしっこだろうから、よく見えない分、解説でも聞いていなければと思って。劇場で解説イヤホンを借りるのは初めての経験だったので、貸し出し料金のほか、保証金を1000円払うことも知らなかった。
だいたい、歌舞伎座に来るのだって、四半世紀ぶりのことなのだ。大学院で演劇学の聴講をしていたころ、郡司正勝さんか池田弥三郎さんのどちらかが、学生のために券を配っていたのをもらったように思う。自分で「一幕見」の券を買ったときもあったかもしれない。もはや記憶は定かではない。
今日の席は3階の一番うしろ「わ列7番」だった。「わ列」のそのまたうしろは「1幕立ち見席」。学生のとき座ったのは、この1幕立ち見だったような気もする。
NHKの3チャンネルで放送するテレビカメラが入っていたので、中盤後半だれがちな日にちだが、役者も気合いがはいっていた。今日の演技が永久保存版になるかもしれないんだから。
夜の部は、『寺子屋』松王幸四郎、源藏三津五郎、戸浪福助、千代玉三郎。清元舞踊が『保名』芝翫、『助六』助六団十郎、新兵衛菊五郎、意休左団次、などなどの初春ご祝儀配役。見に来る人は、演技がどうこ踊りがどうこうより、1月にお祝い気分になれればいいのである。
特に助六の三味線は「河東節一寸見会」という大店や会社社長などの趣味の会が日替わりで日頃の芸を発表する場になっているとかで、そちらの関係の応援観客も多く、場内はじいさんばあさんでいっぱい。
同じ歌舞伎を見るなら、浅草歌舞伎の若手のほうがよさそうだったが、こちらは完売。キャンセル待ち当日券を求めるギャルファンたちが列を作っているそう。はたして浅草歌舞伎を見た人たちの何人が歌舞伎を引き続き見ていく層になるのだろうか。少なくとも歌舞伎座の観客を見た限りでは、このじいさんばあさん観客が死んじゃったら、興行が成り立つのかしらと心配になるのだが。
寺子屋の「主君のあとつぎを守るために自分の子供を身代わりに殺させる松王夫婦」と「主君のあとつぎ若君を守るために、赤の他人の子供を殺してしまう源藏夫婦」がいっしょになってどんなに嘆いて見せても、「やっぱこの殺人、まずいよねぇ」という気持ちがぬけない。
「主君のためなら我が子も殺すのが臣下のつとめ」という価値観が変わってしまった以上、この芝居は正月草々どういう気分で見ればいいんだろう。
助六は曾我兄弟仇討ちだけど、こっちは名刀「友切丸」を探すクエストもの変形だから、揚巻や白玉の衣裳を見せるだけでも正月気分でよろしい。
小林恭二『歌舞伎の日』を芝居にしたらいいのになあ。
本日のひがみ:一月らしい晴れ着でロビーを埋めるオバサンたち。雨の中を歩き回ったジーンズが濡れて冷たい、招待券入場のオバサンもいるぞ
<つづく>