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ぽかぽか春庭「ゴッホの糸杉と三日月 メトロポリタン美術館展」

2013-01-27 00:00:01 | エッセイ、コラム
2013/01/27
ぽかぽか春庭@アート散歩>20012-2013冬のアート散歩(3)ゴッホの糸杉と三日月・メトロポリタン美術館展

 冬のアート散歩、年末に東京都美術館でメトロポリタン美術館展を見ました。東京都美術館リニューアル記念の展示、第1弾のマウリッツハイス美術館引っ越し展は、本国で改修工事が行われる間の貸し出しだから、一番の目玉は「真珠の耳飾りの少女」であるとしても、まあそこそこ展示の甲斐ある絵が並んでいました。

 リニューアル第2弾のメトロポリタンはニューヨークの本館はオープンしているのに、いったいどの程度貸し出すのだろうかと思っていたのですが、う~ん、目玉の「ゴッホの糸杉」は、展覧会チラシでも大きく描かれていて楽しみでしたけれど、それ以外の作品は「糸杉のおまけ」という感じでした。糸杉のほか、ゴーギャン、ルノアールなども並んでいたのですが、「有名作品」というのは、レンブラントの「フローラに扮したサスキア」くらいかな。

 エジプト・メソポタミアから4千年の西洋美術の流れを「自然」をテーマとする133点で展示する、というコンセプト。第1章の「理想化された自然」から、「自然の中の人々」「動物たち」「草花と庭」などのトピックごとに工芸品、中世のタピストリー、近代絵画など、さまざまな作品が集められていました。メトロポリタン美術館の200万点の所蔵品の中から選ばれた133点。決して作品の質が悪いとは思わない、それぞれの時代の傑作が集められているのだろうとは思ったのですが、なぜか見終わったあと、さて、糸杉のほか何を見てきたんだっけ、と思い出すのに時間がかかる。

 記念の絵はがきとしてホッパーの「トゥーライツの灯台」やミレーの「麦穂の山・秋」などを買いましたが、図録は買いませんでした。このところ、キュレーターのセンスに感心したときは図録を買う機会が多くなっていたのですが。招待券を貰えたときは図録を買えるけれど、自腹でチケットを買ったときは、図録は「がまん」です。そういう節約生活の中での、みみちい絵画鑑賞。

ホッパー「トゥーライツの灯台」

 私の好みは、一人の画家の作品をずらっと並べるか、ひとつのテーマに沿って作品を集めるか。たとえば、埼玉近代美術館がクロード・モネの「ジヴェルニーの積みわら」を購入した記念として「積み藁」をテーマとした展示を行ったときなど、とても気に入りました。今回のメトロポリタン展は、「自然」という大きなテーマに沿った展示ではありますが、時代もトピックも広すぎて、なんだか掴み所がわかりませんでした。糸杉ひとつ見ただけでも、十分満足できましたけれど。
 私の美術館の歩き方は、ガイドイヤホンの案内に従って一巡してから、イヤホンを返却し、気にいった作品ひとつひとつをもう一度ゆっくり見て回る方式。

 メトロポリタン所蔵の「糸杉」は、ゴッホの死の前年、南仏サン=レミの療養所に入院した直後に描かれた作品です。
 糸杉は、西欧ではよく墓場に植えられる木で、「死者」のシンボルともなっており、ゴッホもそのことは十分知っていてこの木を描いたのだろうと、ガイドイヤホンの解説が言っていました。




 「糸杉」には、画面左寄りに2本の大きな糸杉が描かれています。そして、絵の右上には大きな三日月が描かれています。絵に詳しい女の人が連れに解説しているのが聞こえました。「この絵、ゴッホが写生して描いたって思われているけれど、そうじゃないのよ。ゴッホの心象風景でしょう。だって、この明るい空にこんなふうに三日月は見えないのだから」

 あら~、私は、そんなこと気付きもせずに「糸杉」に見入っていました。そう言われて見れば、三日月というのは太陽の2時間半あとを追って空に出る月なのです。日の光が強いうちは、見えません。夕暮れの空にうっすらと見えたかと思うと、日没後2時間半すれば、西の空に入ってしまう、そんなはかない月が「三日目の月」です。

 「糸杉」は、夕暮れの色を反映しているのか、ピンク色に染まった雲が描かれています。ですから、夕暮れの空に三日月を見ることは可能な時間帯と思います。しかし、ゴッホが描いた「糸杉」の日の光は強くくっきりとしていて、空はあざやかな青を見せています。この空だと、たしかに三日月は、ゴッホが描いたようには空に見えないのかもしれません。それなのに、ゴッホは三日月を高々とくっきりと描いた。このとき、ゴッホの心が三日月を欲していたからでしょう。ゴッホの三日月は、曲線が強調され、実際に私たちが空に見る三日月より曲線が強調されている感じがします。
 糸杉のうねるような幹や葉の色とともに、ゴッホの心が表れているように思います。

 私は、2005年に新国立美術館でゴッホ展を見ました。クレラー=ミュラー美術館所蔵の「糸杉と星の見える道」も、この時展示されていました。


買って置いた図録を確認すると、星が見える夜空に立つ糸杉の上に、三日月が星より高く描かれています。やはり、この三日月も実際に見えた通りに描いているのではなく、近づく死への予感から、心の中の風景を描いているのではないかと思えます。
 絵を分析する専門の美術家は、ゴッホは、糸杉の両側に明々と輝く明星と三日月を「地上のシーンに対する宇宙的観点」として描き加え、「知覚宇宙が愛で満ちている」ことを表そうとした」と解説しているのだそうです。

 糸杉が死を表す木であること、実際には見えていないのかも知れない、空に浮かぶ三日月。
 ゴッホは自分の病を自覚しており、糸杉を書き上げて1ヶ月後に、ピストルの銃口を自分の頭に向けます。謎の多い、それだけいっそう人を惹きつけてやまない「糸杉」の絵。

<つづく>
コメント (2)
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