
ゲルダ・タローとロバートキャパ
2013/03/24
ぽかぽか春庭@アート散歩>記憶と記録 写真を見る(9)二人の写真家展その1ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー
作家や画家の名に比べると、知っている写真家の名の数がぐんと少なくなる私でも、「世界でもっとも有名な写真家のひとり」であるキャパの名は知っています。
結婚した当初、夫と私と二人とも同じ本を持っているというのが何冊もあり、その一冊がキャパの自伝『ちょっとピンぼけ』でした。ふたりとも1979年の文春文庫初版を持っていました。
ロバート・キャパ(1913-1954)本名フリードマン・エンドレ・エルネー(Friedmann Endre Ernő )
「ちょっとピンぼけ」の中、キャパの恋人として強い印象を受けて読んだのはピンキーという女性で、最初の恋人ゲルダについては、本の中に登場したのかどうかも覚えていませんでした。
「ちょっとピンぼけ」の内容は、第二次世界大戦の報道ドキュメンタリーなので、すでにスペイン戦争時に亡くなっていたゲルダが登場する場面がなかったのかもしれません。ゲルダはキャパと知り合って数年で亡くなってしまったし、キャパのプロポーズを断ったそうなので、キャパにとっては、心の中にだけ生かしておきたい「永遠の女性」だったのかも知れません。
ゲルダは、結婚より「女性初の報道写真家」として生きるほうを優先した女性でした。ゲルダにとってキャパは、「夫」であるよりも、1934年に出会ったころから変わりなく、「同志」であり「対等なパートナー」であるほうが望ましかったのだろうと思います。
ゲルダ・タロー(1910-1937)本名ゲルタ・ポホイル(Gerta Pohorylle)。
ゲルダ・タローという写真家名は、パリで活躍していた当時に知り合った岡本太郎からとった、ということです。岡本太郎は、パリでキャパに出会い、命からがらパリに逃れてきてカメラも持っていない貧乏な若者を信じてカメラを貸しました。太郎は、流行漫画家で羽振りがよかった父親岡本一平からの仕送りで「パリの文化を吸収する」に十分な資力を持っていたのです。
キャパほか何人かが撮影したゲルダの写真が横浜美術館にも展示してありましたし、図録にも写真が出ていましたが、女優のように美しい女性です。後年、キャパが恋愛関係になったという、イングリット・バーグマンと雰囲気がよく似ている知的な美人です。
ゲルダがフリードマン・エンドレ・エルネーと出会ったのは、人民戦線時代のパリ。フリードマンはハンガリー生まれのユダヤ人、ゲルダはドイツ生まれのユダヤ人。二人とも、ナチスの脅威からふるさとにはいられなくなった身の上でした。
同じような宿命を抱えた25歳の女性と、「ことばが不自由だからジャーナリストとして生きるには、写真しかない」と思い定めるようになった23歳の若者は恋に落ち、共同で写真撮影をし、マスコミへの売り込みをはじめます。アメリカの雑誌社への売り込みを考慮して、アメリカ人風の名前として選ばれたのが「ロバート・キャパ」でした。
スイスの寄宿学校を出てドイツ語フランス語スペイン語をこなして学位も持つゲルダは言葉の面でキャパには不可欠でした。ドイツでカメラ修行をしたキャパは、ゲルダの交渉術に助けられながら、写真のノウハウをゲルダに教え込みました。
ふたりは対等なパートナーであり、「人民の側に立って真実を伝える」という意志を共有する同志でした。
日本の写真雑誌などが、1980年代からゲルダ・タローに注目し紹介していたということですが、写真の専門雑誌などグラビアページをパラパラとめくるだけの私は、彼女にぜんぜん注目したことがないまますぎました。私がゲルダ・タローの名にようやく気づいたのは、2007年になってから。彼女がスペイン戦争のさなか1937年に戦場死してから、70年たった後のことでした。
2007年に開催されたアメリカでの初の回顧写真展が、「世界で最初の女性報道写真家」というキャッチコピーで日本にも報道されました。しかし、1910年生まれのゲルダ・タローの生誕百年の2010年でさえ、日本では単独の写真展は行われませんでした。もし2010年にゲルダ・タロー写真展が開催されたとして、今回の横浜美術展の会期ほど多くの観客を集めたかどうかはわかりません。日本では無名のままのゲルダでした。
2013年、ロバート・キャパの生誕百年にあたります。キャパの生誕100年回顧展が行われるだろうとは予想していましたが、同時にゲルダ・タローの回顧展が行われると知り、横浜美術館に足を運びました。
「二人の写真家展 ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー」2013年1月26日~3月24日

展示室は3室に別れていて、最初はゲルダの83点の写真。次がキャパの初期中期の写真。3室目は、キャパの後期の写真です。
今回の「二人の写真家」展。横浜美術館に観客が大勢集まったのは、理由があります。
NHKが2月3日に放映した番組。作家の沢木耕太郎が『キャパの十字架』(2013文藝春秋)を発売するにあたって、販促番組としても大いに効果があったと思われるドキュメンタリー番組『推理ドキュメント 運命の一枚~"戦場"写真 最大の謎に挑む~』を、私も録画しておいて見ました。
キャパの出世作であり世界中で有名になった一枚の写真、「崩れ落ちる兵士」を追求したドキュメンタリーです。
次回、このドキュメンタリーと、キャパの写真について。
<つづく>