2017/07/06
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>質問に答えて(4)ろりめく・ラ行の和語
日本語学概論で日本語音節について教授するとき、また、日本語教育概論で、日本語表記指導と発音指導についての話をする際に、日本語の音韻と音節文字の話から始めます。
日本語の音節確認として行うのが「シリトリ」です。
シリトリは、日本語の音韻を音節によって分け、ある語の最後の音節(語尾音節)を次の語の最初の音節(語頭音節)用いて新たな語を言ってつなげていく遊びです。
日本語母語話者なら、保育園や幼稚園の年長さんになれば、この遊びに参加できます。シリトリ、リンゴ、ゴリラ、ラジオ、オリガミ、ミカン、、、、あ、ンがついたからおしまい。
「しりとりでンがつくと負けになるのはどうして」という発問に、日本人学生たち「ンで始まることばがないから」と、こちらは比較的容易に答えることができます。(チャドの首都ンチャメナを、地図によってウンジャメナと記載している場合、ンで始まる語はゼロ)
「では、しりとりをして絶対に相手を負かす方法をしっている人」というと、こちらはなかなか出てこない。
しりとりのルール。名詞に限る。1単語として認定されているものに限る。ただし、複合語として1単語になっている語は認める、というのがあります。「黒い馬」は、形容詞「黒い」と「馬」の2語だからダメですが、「黒馬」は1語だからOK。同じ語を二度言ったら負け。片仮名の語が長音で終わる場合、長音の前の音をとる。「サッカー」は、「ー」の前のカをとる。年齢が小さい人とやる場合は、濁音半濁音は、清音にして続けてもかまわない、
年齢が上の人とやる場合、ひらがな2文字のみで行うルール、3文字のことばのみでやるルール、5文字以上(できるだけ長い語がよい)、というルールでやったりすると、難易度があがります。
では、高難度バージョンで。続けてください。外来語OKですが、人名は除く。
東京特許許可局→久里浜医療センター重度アルコール依存症患者→じゃこうねずみ→民主主義国家直接民主制→イザイホー記録映画→伽藍堂文庫閲覧室→つんでれ漫画愛好会→一蓮托生→ウルトラバージンオイル→ルーズベルトゲーム、、、なんていうぐあいに、できるだけ長い語をくりだしてつなげていくと、おもしろいですよ。
では、逆に、2文字のみしりとり。相手の言った2文字を逆にして言い返すのがこつ。こつ→釣り→りす→掏り→理科→狩り→リマ(ペルーの首都です)→まり→リド(ベネチアの島)→どろ→濾紙→城→濾過→夏炉→ロマ(ジブシー族の自称)→麻呂→六→黒→ロト(宝くじ)→トロ→ロハ→針→リハ→春→瑠璃→り、り、、、、、
ここまで来ると、わかるでしょう。相手をまかすには、相手にラリルレロが語頭に来るように、何がきても、語尾の音をラ行音にする。これが、シリトリ勝利のこつです。紙の辞書を見れば一目瞭然。日本語の語彙は、ア行カ行サ行までで、辞書全ページの半分を占めています。ラ行はごく少数ページで終わっています。
ラ行のことばは、漢字語彙またはカタカナ語彙(外来語&和製カタカナ語)です。
日本語母語話者の学生に、「ラ行の語で、本来の日本語、和語であることばを探しなさい」という課題を出します。
辞書を引いてみてください。
栗鼠もラッコも、駱駝やライオンと同じように、外国から来た動物名です。
花の名の「りんどう」はどうか。りんどうは、和名は「えやみぐさ(疫病草)」。おそらく、病気のときにその根などを煎じて薬草として利用したという名残の名前でしょう。りんどうの根茎を咬むと非常に苦く、中国で熊の胆よりさらに苦いという意味の「竜の胆嚢」=竜胆」いう名がつき、それが漢字とともに日本に入ってくると、和語の「えやみ草」はという名はすたれてしまい、中国名がなまってリンドウになりました。
「らうたし」という古語を見つけてきた学生がいました。しかし。惜しい。らうたし(ろう)+痛しという複合語で、もともと「労」は、漢語由来のことば。本来の和語ではありません。「楽をする」の「らく」というのも、「楽」が漢語です。
ろれつが回らぬ、というときの「ろれつ」は、大陸および半島渡来の雅楽の調子を表す「呂律」がなまった語。
こうして、ラ行で始まる和語は、一般的な辞書の中には見つからない、という結論を得てシリトリは終わるのです。
ところが。
今年、「先生、ろりめく、というのがありました」と報告してきた学生がいました。ろりめく?ははあ、ロリコン(ロリータコンプレックス)からできた、いまどきのネット用語だな、と検討をつけました。一般的な国語辞書には載っていません。
しかし、しかし。広辞苑(第二版)を調べたら載っていたのです。
学生には、次のように返信しました。
<回答>
「ろりめく」(動詞)広辞苑には出ています。「恐怖・心配などのために落ち着かず、興奮しているさま」
1603(慶長8)年に日本イエズス会が刊行した日本語ポルトガル語の辞書「日葡辞書(にっぽじしょ)」に掲載されていました。他の文学作品などには使用例が見つからないので、ポルトガル人あるいはスペイン人宣教師の耳にこの言葉が残ったというものの、どのように使われていたのかは不明。室町末期のある地方では使われていたのだと思われる。日葡辞書には「ろりろり」も載っています。
15世紀16世紀に書かれた日本語文書のどれを見ても「ろりめく」の用例はなく、日葡辞書だけに掲載されていた、というのは、あるいは、ポルトガル人宣教師が何か別の語と発音を聞き間違えた、という可能性もあるし、宣教師が住んでいた一地方の方言ということも考えられます。どう考えても、「ろりろり」には和語の匂いがないのです。
もし、京都近辺で使われていた一般的な語彙ならば、何かしらの文献に登場してもよいところ。まったく用例が出てこない、というのは奇妙に感じられます。
どなたか、日葡辞書が編纂された16世紀初頭の文献で、「ろりめく」が登場する文章をご存知の方がいたらご教授ください。
毎期、留学生にはその出身国のことばや文化について、何かしら新しいことを教えてもらえるます。日本人学生からは、その出身地の方言や若者言葉を新しく知ることができます。
今期、日本人学生から「ろりめく」という古語を教えてもらい、とてもうれしく思っています。
語彙がふえました。ろりめく、という語を知らないで一生すごしたところで、少しも困らないとは思いますが、せっかく広辞苑第二版に載っていたことば、知らないよりは知っていたほうが、ずっとよい。
<つづく>
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>質問に答えて(4)ろりめく・ラ行の和語
日本語学概論で日本語音節について教授するとき、また、日本語教育概論で、日本語表記指導と発音指導についての話をする際に、日本語の音韻と音節文字の話から始めます。
日本語の音節確認として行うのが「シリトリ」です。
シリトリは、日本語の音韻を音節によって分け、ある語の最後の音節(語尾音節)を次の語の最初の音節(語頭音節)用いて新たな語を言ってつなげていく遊びです。
日本語母語話者なら、保育園や幼稚園の年長さんになれば、この遊びに参加できます。シリトリ、リンゴ、ゴリラ、ラジオ、オリガミ、ミカン、、、、あ、ンがついたからおしまい。
「しりとりでンがつくと負けになるのはどうして」という発問に、日本人学生たち「ンで始まることばがないから」と、こちらは比較的容易に答えることができます。(チャドの首都ンチャメナを、地図によってウンジャメナと記載している場合、ンで始まる語はゼロ)
「では、しりとりをして絶対に相手を負かす方法をしっている人」というと、こちらはなかなか出てこない。
しりとりのルール。名詞に限る。1単語として認定されているものに限る。ただし、複合語として1単語になっている語は認める、というのがあります。「黒い馬」は、形容詞「黒い」と「馬」の2語だからダメですが、「黒馬」は1語だからOK。同じ語を二度言ったら負け。片仮名の語が長音で終わる場合、長音の前の音をとる。「サッカー」は、「ー」の前のカをとる。年齢が小さい人とやる場合は、濁音半濁音は、清音にして続けてもかまわない、
年齢が上の人とやる場合、ひらがな2文字のみで行うルール、3文字のことばのみでやるルール、5文字以上(できるだけ長い語がよい)、というルールでやったりすると、難易度があがります。
では、高難度バージョンで。続けてください。外来語OKですが、人名は除く。
東京特許許可局→久里浜医療センター重度アルコール依存症患者→じゃこうねずみ→民主主義国家直接民主制→イザイホー記録映画→伽藍堂文庫閲覧室→つんでれ漫画愛好会→一蓮托生→ウルトラバージンオイル→ルーズベルトゲーム、、、なんていうぐあいに、できるだけ長い語をくりだしてつなげていくと、おもしろいですよ。
では、逆に、2文字のみしりとり。相手の言った2文字を逆にして言い返すのがこつ。こつ→釣り→りす→掏り→理科→狩り→リマ(ペルーの首都です)→まり→リド(ベネチアの島)→どろ→濾紙→城→濾過→夏炉→ロマ(ジブシー族の自称)→麻呂→六→黒→ロト(宝くじ)→トロ→ロハ→針→リハ→春→瑠璃→り、り、、、、、
ここまで来ると、わかるでしょう。相手をまかすには、相手にラリルレロが語頭に来るように、何がきても、語尾の音をラ行音にする。これが、シリトリ勝利のこつです。紙の辞書を見れば一目瞭然。日本語の語彙は、ア行カ行サ行までで、辞書全ページの半分を占めています。ラ行はごく少数ページで終わっています。
ラ行のことばは、漢字語彙またはカタカナ語彙(外来語&和製カタカナ語)です。
日本語母語話者の学生に、「ラ行の語で、本来の日本語、和語であることばを探しなさい」という課題を出します。
辞書を引いてみてください。
栗鼠もラッコも、駱駝やライオンと同じように、外国から来た動物名です。
花の名の「りんどう」はどうか。りんどうは、和名は「えやみぐさ(疫病草)」。おそらく、病気のときにその根などを煎じて薬草として利用したという名残の名前でしょう。りんどうの根茎を咬むと非常に苦く、中国で熊の胆よりさらに苦いという意味の「竜の胆嚢」=竜胆」いう名がつき、それが漢字とともに日本に入ってくると、和語の「えやみ草」はという名はすたれてしまい、中国名がなまってリンドウになりました。
「らうたし」という古語を見つけてきた学生がいました。しかし。惜しい。らうたし(ろう)+痛しという複合語で、もともと「労」は、漢語由来のことば。本来の和語ではありません。「楽をする」の「らく」というのも、「楽」が漢語です。
ろれつが回らぬ、というときの「ろれつ」は、大陸および半島渡来の雅楽の調子を表す「呂律」がなまった語。
こうして、ラ行で始まる和語は、一般的な辞書の中には見つからない、という結論を得てシリトリは終わるのです。
ところが。
今年、「先生、ろりめく、というのがありました」と報告してきた学生がいました。ろりめく?ははあ、ロリコン(ロリータコンプレックス)からできた、いまどきのネット用語だな、と検討をつけました。一般的な国語辞書には載っていません。
しかし、しかし。広辞苑(第二版)を調べたら載っていたのです。
学生には、次のように返信しました。
<回答>
「ろりめく」(動詞)広辞苑には出ています。「恐怖・心配などのために落ち着かず、興奮しているさま」
1603(慶長8)年に日本イエズス会が刊行した日本語ポルトガル語の辞書「日葡辞書(にっぽじしょ)」に掲載されていました。他の文学作品などには使用例が見つからないので、ポルトガル人あるいはスペイン人宣教師の耳にこの言葉が残ったというものの、どのように使われていたのかは不明。室町末期のある地方では使われていたのだと思われる。日葡辞書には「ろりろり」も載っています。
15世紀16世紀に書かれた日本語文書のどれを見ても「ろりめく」の用例はなく、日葡辞書だけに掲載されていた、というのは、あるいは、ポルトガル人宣教師が何か別の語と発音を聞き間違えた、という可能性もあるし、宣教師が住んでいた一地方の方言ということも考えられます。どう考えても、「ろりろり」には和語の匂いがないのです。
もし、京都近辺で使われていた一般的な語彙ならば、何かしらの文献に登場してもよいところ。まったく用例が出てこない、というのは奇妙に感じられます。
どなたか、日葡辞書が編纂された16世紀初頭の文献で、「ろりめく」が登場する文章をご存知の方がいたらご教授ください。
毎期、留学生にはその出身国のことばや文化について、何かしら新しいことを教えてもらえるます。日本人学生からは、その出身地の方言や若者言葉を新しく知ることができます。
今期、日本人学生から「ろりめく」という古語を教えてもらい、とてもうれしく思っています。
語彙がふえました。ろりめく、という語を知らないで一生すごしたところで、少しも困らないとは思いますが、せっかく広辞苑第二版に載っていたことば、知らないよりは知っていたほうが、ずっとよい。
<つづく>