ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

徳島県小松島市、田野町恩山寺谷「 恩山寺 ビランジュ」(県指定)です!!

2024-07-21 12:33:14 | 巨樹・大木
 田野町恩山寺谷地区は、小松島市役所の南西約3kmのところ

 小松島市役所北側の「小松島市南小松島」信号を西北西へ、県道178号線を進みます

 約600mで信号を左(南南西)へ、県道33号線でがJR牟岐線の踏切を越える県道216号線となります

 約1.1kmで「⇐室戸・国道55号線」の標識に従って、時差式信号を左(南東)へ、徳島南バイパスです

 約400mでコーヒー店前の信号を右(南西)へ、県道136号線です、すぐ先の一時停止に「⇐恩山寺」の案内板です

 約500mで「18番札所恩山寺⇒」の標識に従って斜め右(南西)へ

 約300mで赤い欄干の橋の先に目的の「恩山寺ビランジュ」の赤い幹がみえました

 手前の道路脇に車を止めさせて頂きました

 「びらんじゅ」の標柱です

 樹高20m、幹周約2. 4m・約2. 2m・約1. 5mの3本(合計6.1m)の株立ちです

 説明版です
   天然記念物 恩山寺ビランジュ
     昭和29年県指定
 ビランジュは、サクラと同属のバラ科の常緑高木である。
 もともと3本の木が合わさり一樹となっている。
 樹皮は灰褐色であるが鱗片となり脱落しやすく、幹肌は紅黄である。
 葉は長楕円形で先はとがり、表面は濃い緑色である。
 ビランジュの名は、インドの毘蘭樹にあてたもので、恩山寺が弘法大師ゆかりの地であるため、そう呼び伝えている。
     徳島県教育委員会・小松島市教育委員会
 *ビランジュは、バクチノキの名前でも知られ、愛媛県宇和島市・瑞林寺のバクチノキ、目通り幹囲5.5mや神奈川県小田原市の早川のビランジュ、目通り幹囲5.2m国指定天然記念物などの巨木も知られています

 南東側から

 南西側から、独特の色合いですね

 西側から

 北西側から、玉垣設置から大きくなり過ぎてている様に根が張り出しています

 北側から

 東側から

 山門したから見ました

 東側に恩山寺山門です

 では、恩山寺へお参りしましょう
 



 2024・6・10・13・10
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徳島県小松島市、田浦町中村「田浦町日吉神社のクスノ」です!!

2024-07-21 06:35:00 | 巨樹・大木
 田浦町中村地区は、小松島市役所の西約4kmのところ

 小松島市役所北側の「小松島市南小松島」信号を西北西へ、県道178号線を進みます

 約600mで信号を左(南南西)へ、県道33号線でJR牟岐線の踏切を越えた信号を右(西)へ県道33号線です

 約1.2kmで国道55号徳島南バイパスを越え、約1.5kmの酒屋さんの先を右(北)へ細い道路に入ります

 約100mで左(西)へ

 目的のクスノキが見えて来ました

 田浦地区コミュニティー集会所前に車を止めさせて頂きました

 境内東側に鳥居です

 鳥居の先の境内に目的のクスノキです

 東側から

 南東側から、樹高約20m、目通り幹囲5.8mの巨木です

 南側から
 
 南西側から

 西側から見上げました

 手水舎と後方には境内社の祠が並びます
. 
 拝殿です

 本殿です

 文化財指定記念碑です、文面は・・・
 昭和44年3月1日碑建立
 仝時小松島市田浦町民俗保存会創立す
 明治初年より伝統の栄組・寿組を
 田浦組と改稱す栄組当時現在世話人の
 出場せしは明治28年徳島城山大正2年
 八万長久寺大正12年石井東王山杰本院
 昭和4年美馬郡郷里林照寺梵鐘等
 昭和49年5月小松島市文化財指定
 
 標柱には・・・
 田浦組たたら踊 徳島県無形文化財指定
   昭和56年5月6日

 車を止めた田浦地区コミュニティー集会所前からクスノキを見ました

 では、次へ行きましょう



 2024・46・10・12・25
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徳島県徳島市、方上町中内「草創神社のムクノキ」です!!

2024-07-20 18:37:40 | 巨樹・大木
 方上町中内地区は、徳島市役所の南南西約6kmのところ

 徳島市役所西側の道路を南へ、新町川を富田橋南詰の信号を左(東)へ

 約300mの信号を右(南)へ、国道55号吉野川バイパスを「小松島・室戸」方面へ向かいます

 約4kmの「大松川橋」信号で右(西)へ、そして約300mで左(南)へ、県道136号線です

 約1kmのコンビニ前の信号を右(西南西)へ、県道210号線です

 道成りに約1.2kmの三叉路状の信号を左(南西)へ、県道209号線です

 約900mで左(南南東)へ入ります「義経の道、恥ずかし越え」への道路です

 道成りに左へ左へと進むと、約200mで右手に草創神社が東向きに鎮座します

 境内東端に車を止める事が出来ました

 東北東向きに境内入口です

 鳥居です

 手水舎です

 拝殿です

 拝殿前のイチョウです

 北側から

 保存樹木案内板です

 南側から見ました

 本殿覆い屋です

 目的のムクノキは社殿の南西側です

 北側から

 西側から、大きな板根が伸びています

 南西側から

 東側から、樹高10m、目通り幹囲5.6mの巨木です

 では、次へ行きましょう




 2024・6・10・12・00
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徳島県徳島市、新浜本町2丁目「新浜本町八幡神社のクスノキ」です!!

2024-07-20 12:31:39 | 巨樹・大木
 新浜本町2丁目は、徳島市役所の南南東約4kmのところ

 徳島市役所西側の道路を南へ、新町川を富田橋南詰の信号を左(東)へ

 約300mの信号を右(南)へ、国道55号吉野川バイパスを「小松島・室戸」方面へ向かいます

 約2,5kmの大野橋を渡った「⇐県道29号線・新浜・徳島南部道」の標識に従って左(東)へ

 約1.5kmの道路が工事中のように広がったところの「小松島・徳島南部道」の標識に従って斜め右へ

 信号を過ぎて直ぐに左の県道29号線の側道?に入ります

 右手に目的の大クスが見えました

 新浜本町八幡神社は、県道29号線と県道120号線に囲われた島状のところに鎮座します
 
 境内北側の道路脇に車を止めさせて頂きました

 境内南西側に鳥居です

 案内板です
   八幡神社
     徳島市新浜本町2丁目1の19
 主祭神  応神天皇
  由緒  創立年代不詳。
      「阿波誌」に「八幡祠新浜に在り若宮と称す」と。
      「保改神社帳」には「新浜浦若宮八幡宮 社僧福島本福寺」とある。
      明治初年現号に改める。
  祭礼  1月 1日
      4月15日
      7月15日
     10月15日
  主要建物  本殿・幣殿・拝殿・塩釜神社・社務所

 手水舎です

 献馬像です

 イチョウの大木が伐られています

 切株からはヒコバエが伸びています

 拝殿です

 本殿覆い屋です

 境内北側端に目的のクスノキです

 西側から

 南西側から、太い注連縄が巻かれていますのでご神木ですね

 南側から

 南東側から

 東側から、樹高17m、目通り幹囲6.1mの巨木です

 北側から

 境内社の塩竃神社です

 境内北側道路から

 北西側から、車を止めさせてもらった道路前です

 では、次へ行きましょう





 2024・6・10・11・40
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徳島県徳島市、津田西町1丁目「津田八幡神社のクスノキ」です!!

2024-07-20 06:32:58 | 巨樹・大木
 津田西町1丁目は、徳島市役所の南東約3kmのところ

 徳島市役所の西側の道路を南へ、約500mで信号を左(東)へ、県道136号線です

 約300mの「かちどき橋」信号からは県道120号線となって、更に東へ

 道成に県道120号線を約2.8kmで右(西)へ、

 津田八幡宮参道です

 境内入口手前に駐車場の案内板が有りますので境内北側に回って駐車場に入りました

 参道石段を上って説明版です
   八幡神社御由緒略記
     御祭神  誉田別命(ほんだわけのみこと)
          神功皇后(じんぐううこうごう)
          玉依姫命(たまよりひめのみこと)
 往昔に津田山上に鎮座、津田塁の城主桑村隼人の崇敬社として、天文年間( 1532~55年)には三好氏崇拝の篤く、慶長(1596~1615年)の頃、東麓の現在地に遷座した。
 藩政期には、藩主蜂須賀氏の参勤交代の東上に当り、安全を祈願した。
 現在の社殿は、宝永2年(1773年)蜂須賀綱矩公の時に再建されたと伝わる。
 また古来より氏子の崇敬の念篤く、五穀豊穣・海上安全・大漁を祈り、当地一円の産土神として信仰篤き社である。
     主たる御祭典
       1月 1日 歳旦祭
       4月26日 太々神楽(春祭)
       7月25日 夏祭
      10月26日 例大祭(秋祭)

 手水舎です

 さらに石段を上がると左手にクスノキです

 北側から

 西側から

 拝殿です

 境内では、クスノキの枝の整理作業が重機を使って行われていました

 社殿南側でも作業が行われています

 *宮司さんに伺うと、35年振りの実施だそうです、予算がなかなか大変だとおっしゃってました

 目的のクスノキは拝殿前北側です

 献馬像です

 東側下の駐車場からクスノキを見上げました


 では、次へ行きましょう




 2024・6・10・11・25
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徳島県徳島市、国府町井戸北屋敷「四国八十八ヶ所第17番・井戸寺(いどじ)」です!!

2024-07-19 18:47:01 | 四国八十八霊場
 国府町井戸北屋敷地区は、徳島市役所の西北西約7km、徳島市役所国府支所の北北東約2kmのところ

 徳島市役所国府支所を北へ出て、県道29号徳島環状線を東へ

 約500mで「⇐17番札所井戸寺1.7km」の標識に従って左(北)へ

 道成りに約1.2kmで「井戸寺専用駐車場直進100m」の案内板がありますので更に北へ

 右(東)へ入ると、井戸寺北側の広い駐車場に入りました

 東側の通路を通って南側から山門です、徳島藩10代藩主だった、蜂須賀重喜の隠居屋敷(旧徳島藩大谷別邸移築表門)だそうです

 真言宗善通寺派の瑠璃山 真福院「別格本山 井戸寺」の寺号標です

 四国第十七番井戸寺です

 手水舎です

 六画形の建物は「大悲殿」の額の懸かる護摩堂です
 護摩堂の本尊は不動明王・阿波四国三十三番霊場結願所の本尊は国宝(重要文化財)十一面観音です

 境内には「井戸村正心小学校」が境内に置かれていたのですね

 日限大師です

 井戸寺の名前の下となった井戸の由来です
   日限大師(おもかげの井戸の由来)
 当寺のこの井戸は、むかし弘法大師四国霊場御開創の時この附近の水が濁水なのをあわれみ、錫杖で一夜のうちに井戸を掘られたところ清水湧出し、大師一夜建立の井戸で有名になり、寺号を井戸寺と名付けられた。
 当寺御詠歌を「おもかげをうつしてみれば井戸の水、むすべばむねのあかやおちなむ」と大師自らこの井戸におもかげをうつされた。
 日を限って心願をかけると直にご利益を蒙るという、依って世に日限大師と言われ霊験あらたかなり。

 弁財天です

 お地蔵様です

 鐘楼です

 本堂です

 お大師様です

 光明殿です

 縁起説明版です
   井戸寺縁起
 当山は40代天武天皇御勅願、白鳳2年(西暦673年)の御開基なり。
 元瑠璃山妙照寺と号し、弘仁6年(西暦815年)春、弘法大師42才の御時、四国八十八ヶ所霊場御開創の砌、しばらく御留錫あって、一刀三礼にて御丈8尺余の十一面観世音菩薩(一木一体の御作、旧国宝)を御彫刻なされ、当地方濁水なるをあわれみ給ひ、大師みずから錫杖にて一夜のうちに井戸を掘り清水涌出す。
 おもかげを写し、石に御影を彫刻した御尊像あり。日を限って警願すれば直に御利益多く、世に日限大師として名高し。
 当山御詠歌に「おもかげをうつしてみれば井戸の水、むすべばむねのあかやおちなむ」と、その後寺号を井戸寺、附近を井戸村と名付けられたり。
 当山御本尊七佛薬師如来7躯は、全国唯一にして七難即滅・七福即生・開運厄除・難病平易の霊験あらたかにして、護摩堂不動明王は、除災交通安全の守護あらたかなり。
 当山大門は蜂須賀重喜・大谷別邸の門を寄進されて有名なり。

 大師堂です、手前左の小さな白い建物は「通夜堂」で、お遍路さんは無料で宿泊できる宿坊です。

 では、納経所に寄って

 次へ行きましょう





 2024・6・10・10・35
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徳島県徳島市、国府町観音寺「四国八十八ヶ所第16番・観音寺(かんおんじ)」です!!

2024-07-19 12:30:15 | 四国八十八霊場
 国府町観音寺地区は、徳島市役所の西約8km、徳島市役所国府支所の西約1kmのところ

 徳島市役所国府支所西側の道路を北へ出て、県道29号線を西へ進みます

 約1.1kmで左(南)へ、国道192号線です

 約300mの 「⇐16番札所・観音寺0.2km」の標識に従って信号を左(東)へ

 細い道路を進むと山門手前(納経所前)の駐車場に車を止める事が出来ました(山門東側には広い駐車場があります)

 山門です

 日本遺産のプレートです
   日本遺産「四国遍路」
     四国霊場第16番札所 観音寺 
 弘法大師空海ゆかりの霊場を巡る四国遍路は、四国を全周する全長1400kmにも及ぶ壮大な回遊型巡礼路であり、約1200年を越えて発展継承され、今なお人々ににより継続的に行われている。
 地域住民の温かい「お接待」を受けながら、国籍や宗教・宗派を超えて行われる四国遍路は世界でも類を見ない巡礼文化であり、2015年に日本の文化・伝統を語るストーリーの一つとして、日本遺産に認定された。 
 第16番札所の観音寺は、光燿山(こうようざん)千手院と号する真言宗寺院で、寺伝によれば聖武天皇の勅願によって創建され、のちに弘法大師が訪れて本尊の千手観音とと脇侍の不動明王・毘沙門天像を刻んで安置したという。

 手水舎です

 お大師様です

 宝篋印塔です

 本堂です

 大師堂です、前の境内では20人ほどの小学生が講師の四国遍路に関する話を聞いていました

 夜泣地蔵と石塔です


 では、納経所に寄って次へ行きましょう





 2024・6・10・10・05
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徳島県徳島市、国府町矢野「四国八十八ヶ所第15番・ 国分寺」です!!

2024-07-19 06:30:50 | 四国八十八霊場
 国府町矢野地区は、徳島市役所の西約km、徳島市役所国府支所の南西約2kmのところ

 徳島市役所国府支所をを北へ出て、県道29号線を西へ進みます

 約1.1kmで左(南)へ、国道192号線です

 約1.8kmで「15番札所国分寺⇒」の標識がありすので、交差点を右(西)へ入ります

 集落の中を約100mで変形十字路を斜め右(北西)へ進むと、三叉路に「⇐第15番札所国分寺」の案内板が有ります

 また「国分寺⇒」の案内板が出ていますので右(北)へ、国分寺参道です

 山門です

 山門東側に駐車場があります

 「聖武天皇勅願所 四国第十五番 曹洞宗国分寺」です

 説明版です
   徳島県指定文化財 史跡
     阿波国分寺跡
       1953年(昭和28年)7月21日指定
 国分寺(金光明四天王護国之寺)は、741年(天平13)に聖武天皇の勅旨により、国分尼寺とともに全国に建立された官立の寺院である。
 阿波国分寺跡は、1978年度以降の発掘調査で、金堂から延びると想定される回廊跡や築地塀跡、寺域を区画する溝などが確認されたことから、かつては西に塔を配し、金堂、講堂などが一直線上に並ぶ「東大寺式伽藍配置」を有し、現在の国分寺を中心とした方2町(約218m四方)におよぶ範囲に存在していたと考えられている。
 現在境内の隅に残る塔心礎は、寺の南西側の「塔ノ本」の字名が残る水田の中から出土したものと伝わるものでり、周辺地域には東門、西門、北門、坊などの字名が今の残っている。
 発掘調査で出土した遺物の一部は、徳島市立考古資料館に収蔵・展示されている。
     徳島県教育委員会・徳島市教育委員会  

 日本遺産のプレートです
   日本遺産「四国遍路」
   四国霊場第15番札所 国分寺 
 弘法大師空海ゆかりの霊場を巡る四国遍路は、四国を全周する全長1400kmにも及ぶ壮大な回遊型巡礼路であり、約1200年を越えて発展継承され、今なお人々ににより継続的に行われている。
 地域住民の温かい「お接待」を受けながら、国籍や宗教・宗派を超えて行われる四国遍路は世界でも類を見ない巡礼文化であり、2015年に日本の文化・伝統を語るストーリーの一つとして、日本遺産に認定された。 
 第5番札所の国分寺は、薬王山金色院と号する曹洞宗寺院。聖武天皇が国ごとに建立を命じた国分寺の一つで、寛保元年(1741)に再興され、曹洞宗に改宗。本堂は禅宗仏殿の典型的な建築で、彫刻を各所に配して華やかに飾る。  

 御堂です

 七重塔の礎石と綺麗に刈り込まれたイブキのようです

 手水です

 鐘楼です

 宝篋印塔です

 本堂瑠璃殿です

 大師堂です

 明王堂には「烏慧沙摩明王」が祀られているようです

 明王堂右手の権現堂です、瑜伽大権現・秋葉大権現・白山大権現・大聖歓喜天が祀られているようです

 では、納経所によって次へ行きましょう




 2024・6・10・9・40
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徳島県徳島市、国府町延命「四国八十八ヶ所第14番・常楽寺(じょうらくじ)」です!!

2024-07-18 18:30:11 | 四国八十八霊場
 国府町延命地区は、徳島市役所の西南西約9km、徳島市役所国府支所の南南西約3kmのところ

 徳島市役所国府支所をを北へ出て、県道29号線を西へ進みます

 約1.1kmで左(南)へ、国道192号線です

 約2kmで「14番札所 常楽寺⇒」の標識に従って斜め右(南)へ、国道の側道です

 道成に約200mの「常楽寺⇒」の案内板を西へ、集落の中を進みます

 約300mで左(南西)へ、直ぐ鳥居脇に「常楽寺第一駐車場」の案内板が有りますが、坂道を上るように直進します

 間も無く常楽寺の参道石段が右手に見えます

 すぐ先の墓地前に車を止めさせて頂きました

 「四国のみち 常楽寺周辺」の遍路道案内図です、大日寺から2.7km、国分寺まで800mです

 常楽寺参道です

 「四国第十四番常楽寺」の寺号標です、山号は「盛寿山」です

 自然石に石段です

 石段をを上がります

 更に上がります

 境内に上がると岩盤が露出しています

 手水舎です

 鐘楼です

 弘法大師様です



 仏塔や仏像が並びます

 本堂前の大木です

 南側から、枯れた幹をツタが覆っています

 境内西端に東南東向きに本堂です

 手前の大師堂は南南西向きです

 

 では、納経所に寄って次へ行きましょう





 2024・6・10・9・10 
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徳島県徳島市、一宮町西丁「四国八十八ヶ所第13番・ 大日寺」です!!

2024-07-18 12:37:00 | 四国八十八霊場
 一宮町西丁地区は、徳島市役所の西南西約10km、徳島市役所入田支所の東南東約2kmのところ

 徳島市役所入田支所東側に道路を南へ、約200mの入田郵便局前丁字路を左(東)へ、県道21号神山鮎喰線です

 道成りに約2kmで県道右手に「大日寺」駐車場の看板が出ていますので、車を止めさせて頂きました

 「四国三十三観音霊場」案内図です、大日寺は観音霊場の第5番に指定されています

 大日寺までは約200mです、歩いて行きましょう

 南南西向きの大日寺山門です

 日本遺産のプレートです
 日本遺産「四国遍路」
   四国霊場第13番札所 大日寺 
 弘法大師空海ゆかりの霊場を巡る四国遍路は、四国を全周する全長1400kmにも及ぶ壮大な回遊型巡礼路であり、約1200年を越えて発展継承され、今なお人々ににより継続的に行われている。
 地域住民の温かい「お接待」を受けながら、国籍や宗教・宗派を超えて行われる四国遍路は世界でも類を見ない巡礼文化であり、2015年に日本の文化・伝統を語るストーリーの一つとして、日本遺産に認定された。
 第13番札所の大日寺は、大栗山と号す真言宗寺院で、弘法大師が当地で大日如来像を刻んで本尊としたと伝えられているが、今は十一面観世音像が本尊として祀られている。

 山門東側の県道沿いに鐘楼です

 山門を入ると正面に観音様です

 本堂は左(西側)ですので、まずは手水舎です

 お地蔵様です

 慈母観音様です

 地蔵堂です

 東南東向きに本堂です

 大師堂は山門入った右手に西北西向きです
 
 では、納経所に寄って記入して頂きました

 納経所で「和菓子」を頂きましたよ

 大日寺向かい側には「阿波国一之宮 一宮神社」「一宮城跡」があります、一宮城説明版です
   県指定史跡 一宮城跡
 一宮城は暦応元(1338)年、小笠原(一宮)長宗による築城とされ、鮎喰川の清流を前に臨み、背後には重畳たる山岳が控える県内最大級の山城跡である。
 一宮氏の山城として整備されたが、天正10(1582)年長宗我部元親の侵攻を受け、また、天正13(1585)年、豊臣秀吉の四国征伐時には、鮎喰川を挟んだ辰ヶ山に陣を構えたとされる豊臣秀長と長宗我部元親との攻防の舞台となった。
 同年、豊臣秀吉の命により阿波に封ぜられた蜂須賀家政は、一宮城を居城としたが、翌年、徳島城に移ると、徳島城の支城(阿波九城の一つ)として、家臣の益田長行に守城させた。
 元和元(1615)年の徳川幕府の一国一城令によって、寛永15(1638)年廃城となった。
 現在、標高144mの山頂の本丸を取り巻くように、明神丸・才蔵丸・小倉丸・椎ノ丸・水ノ手丸などの曲輪、堀や土塁が遺存し、南北朝時代から戦国時代にかけての山城の荒々しさと、それを守っていた当時の武士の剛健な気風をしのばせる。
 現地点から約600mで本丸跡に至る。また、山麓の寄神社周辺は「御殿居」と呼ばれ、城主の居館跡であるとの伝承が残っている。
    平成21年3月   徳島市教育委員会・一宮城跡保勝

 *阿波国一之宮は、鳴門市大麻町の「大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)」と、元々は上一宮大粟神社(名西郡神山町、大日寺から南西に約15km)の二つが阿波国一之宮であったが、上一宮大粟神社が参拝に不便であるため平安時代後期に国府の近くに分祠が作られ、こちらが一之宮となったと伝えられているそうです。


 では、次へ行きましょう


 2024・6・10・8・30
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徳島県徳島市、入田町春日「春日の大樟」(市指定)です!!

2024-07-18 06:32:00 | 巨樹・大木
 入田町春日地区は、徳島市役所の西南西約11km、徳島市役所入田支所の道路を挟んだ東側です

 鮎喰川に掛かる「入田春日橋」の南詰の東側に目的のクスノキがあります

 橋の南詰の西側に徳島市役所入田支所です

 *名西郡入田村は、昭和30年(1955)1月1日に徳島市に編入されました。

 橋の脇の道路(西側)からクスノキの樹冠を見ました

 道路脇に車を止めさせて頂きました

 南西側から

 南側から

 天然記念物標柱です

 西側から

 クスノキの西側には忠魂碑です

 北側から、樹高約16m、目通り幹囲8.6mの巨木です

 春日神社蹟の石碑が建っています

 大きな石碑が折れています

 東側から

 東側へ離れて見ました

 では、次は四国八十八ヶ所第13番の大日寺がそろそろ、朝一番の参拝者が済んだ頃でしょうから、行ってみましょ




 2024・6・10・8・05
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徳島県徳島市、国府町中「中八幡神社のクス」です!!

2024-07-17 18:30:00 | 巨樹・大木
 国府町中地区は、徳島市役所の西約7km、徳島市役所国府支所の南西約1kmのところ

 徳島市役所国府支所西側の道路を北へ出て、直ぐの交差点を鋭角に左(南西)へ、県道123号線です

 約200mで一時停止を左(南)へ、まだ県道123号線です

 約300mで道成の斜め右(南西)へ、約300mで右(西)へ入ると、中八幡宮参道です

 中八幡宮は東向きに鎮座します

 *名東郡国府町は、昭和42年1月1日に、徳島市に現在の市域の中で最後に編入されました。

 鳥居です

 境内南東端のクスノキです

 北側から、細い注連縄が巻かれていますのでご神木ですね

 西側から

 水盤です

 拝殿です


 本殿です

 本殿北側に目的のクスノキです

 南側から、目通り幹囲7.7mの巨木です

 東側から、こちらのクスノキには注連縄は有りません

 北東側から

 北側から見上げました

 美馬大町神の石碑ですが、ネットで調べても「美馬・・・神」という神名は見つかりませんでした

 境内南側の五角柱の境内社です

 では、次へ行きましょう





 2024・6・10・7・45 
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徳島県徳島市、南島田町2丁目「蔵王神社のクスノキ」(保存樹)です!!

2024-07-17 13:14:00 | 巨樹・大木
 南島田町2丁目は、徳島市役所の西北西約4km、徳島市役所応神支所の南南西約5kmのところ

 徳島市役所応神支所前の県道29号線を西へ、約900mで信号を左(南西)へ、県道41号線です

 約800mで吉野川を「四国三郎橋」で渡ります

 約2.4kmの「鴨島・石井・県道30号線⇒」の標識に従って丁字路信号を右(西南西)へ

 約1.1kmの信号を左(南南東)へ細い道路に入ります

 約200mの門構えの家の先を塀に沿う様に左(東)へ入り、道成りに進むと

 左前方に大きな樹冠が見えて来ます

 南向きに蔵王神社が鎮座します

 すぐ先の道路脇に車を止めさせて頂きました

 境内へ入ると手水舎です

 目的のクスノキです

 南側から

 蔵王大権現の祠の中には石が納められています

 徳島市指定保存樹木 指定番号 第46号
   樹種 くすのき
 指定年月日 昭和61年8月1日

 西側から、目通り幹囲9.3mの巨木です

 蔵王神社の社殿です、境内は綺麗に整備されています

 北西側の幹には大きな傷があり木の葉や細枝で埋まっています

 北側から

 東側から

 境内を出て東側から見ました、枝を整理されることなく枝先まで自然な樹冠を呈しています

 ゴミステーションにゴミ出しに出ていた女性から「クスノキの写真を撮っているの?」と声を掛けられました

 35年前から住んでいるのだとか、何時もクスノキを見て暮らしているそうです

 では、次へ行きましょう


 

 2024・6・10・7・20
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徳島県徳島市、応神町中原宮ノ東「別宮八幡神社のクスノキ」(市指定)です!!

2024-07-17 06:31:17 | 巨樹・大木
 ここからは、2024年6月10日取材分です、車中泊していた道の駅いたのから約8km移動しました

 応神町中原宮ノ東地区は、徳島市役所の北北西約6km、徳島市役所応神支所の南東約1kmのところ

 徳島市役所応神支所前の県道29号徳島環状線を東へ直ぐ南へカーブし、更に東へカーブします

 間もなくJR徳島線の踏切を越えます

 約300mで丁字路を右(南)へ、間も無く左手に別宮八幡神社・正面に目的のクスノキが見えます

 *板野郡応神村は、昭和41年(1966)10月1日に徳島市に編入されました。 

 大鳥居を南側から見ました

 石碑です

 別宮八幡神社の境内入り口前東側の宮前集会所の前に車を止めさせて頂きました

 目的のクスノキを大鳥居下から見ました

 南側から

 徳島市指定天然記念物標柱です

 南西側から、細い注連縄が巻かれています

 西側から、目通り幹囲8.9mの巨木です

 北側から

 東側から

 別宮八幡神社へお参りしましょう

 鳥居前からクスノキを見ました

 手水舎です

 参道を進みます

 拝殿です
 
 本殿です




 境内社です

 では、次へ行きましょう




 2024・6・10・6・10
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徳島県石井町、浦庄下浦「銀杏庵のイチョウ2本」です!!

2024-07-16 18:30:09 | 巨樹・大木
 浦庄下浦地区は、石井町役場の西南西約3kmのところ

 石井町役場の東側の県道34号石井引田線を南へ

 約700mで右(西)へ、国道381号線です

 約2.1kmのJR徳島線下浦駅入り口信号を左(南)へ

 約200mで右(西)へ

 道成りに約300mで右手奥にイチョウが見えます

 銀杏庵の前に左右二本のイチョウです

 銀杏庵の玄関で作業をしている方がいらっしゃったので、ここまでにしました

次へ行こうと思いましたが、雨が強く成っていましたので、取材は終わりにして、道の駅いたのへ戻りました

 で、今回の淡路島・徳島県前半までの取材箇所を整理してみました
 2024年6月5日の夜に埼玉を車で出発しました、高速道路を使わずに国道246号・国道1号線・国道23号線・国道25号名阪国道と進んで奈良県へ
 奈良市、京都府木津川市、大阪府門真市、大阪中央環状線で吹田市へ、国道171号線、国道2号線で神戸市へ。
 明石海峡大橋を渡るため、垂水インターチェンジから「神戸淡路鳴門自動車道」へ、ここは高速道路でないといけませんからね
 で、淡路サービスエリアまで約14時間でした、一区間先の東浦インターチェンジで高速を降りて取材をしました(一部住所表示・ブログタイトルとは違います)
   6月6日
常隆寺のスダジイ     兵庫県淡路市久野々154
伊弉諾神宮の夫婦クス   兵庫県淡路市多賀740
引摂寺の大銀杏      兵庫県淡路市志筑3342
厚浜諏訪神社のクスノキ  兵庫県洲本市中川原町厚浜811
洲本市民広場のユーカリ  兵庫県洲本市塩屋1丁目1
大上権神社のクスノキ   兵庫県洲本市桑間441
鮎屋のクスノキ      兵庫県洲本市鮎屋693楠神社
成相寺のイブキ     兵庫県南あわじ市八木馬回396
賀集野田 若宮神社の巨木 兵庫県南あわじ市賀集野田291
神代國衙のクスノキ 兵庫県南あわじ市神代國衙917八幡神社
6月7日
河上神社のイブキ     兵庫県洲本市五色町鮎原南谷560
鳥飼八幡宮のホルトノキ  兵庫県洲本市五色町鳥飼中
日光寺のビャクシン    兵庫県南あわじ市榎列掃守1068
天皇神社のクスノキ 兵庫県南あわじ市市十一ケ所398
大日寺の夫婦杉 兵庫県南あわじ市賀集福井1393
道の駅うずしおinうずまちテラスで休憩
淡路島南インターチェンジから高速道路で大鳴門橋を渡って徳島県に入り、鳴門北インターチェンジで高速を降りました
長谷寺のオハツキイチョウ 徳島県鳴門市撫養町木津1037
若宮八幡神社のクスノキ  徳島県鳴門市大津町大幸若宮ノ本13
松村のクスノキ       徳島県鳴門市大麻町松村羽坂47
春日神社のスダジイ    徳島県鳴門市大麻町萩原アコメン11
津慈八幡神社のクスノキ  徳島県鳴門市大麻町津慈150
大麻比古神社       徳島県鳴門市大麻町板東広塚13
大麻比古神社のクスノキ  徳島県鳴門市大麻町板東広塚13
1番 霊山寺     徳島県鳴門市大麻町板東塚鼻126
2番 極楽寺       徳島県鳴門市大麻町桧ダンノ上12
極楽寺の長命杉     徳島県鳴門市大麻町桧ダンノ上12
光福寺のイチョウ    徳島県板野郡北島町北村水神原32
岡の宮の大クス      徳島県板野郡板野町大寺岡山路5
3番 金泉寺       徳島県板野郡板野町大寺亀山下66
4番 大日寺      徳島県板野郡板野町黒谷居内28
5番 地蔵寺       徳島県板野郡板野町羅漢林東5
地蔵寺のイチョウ 徳島県板野郡板野町羅漢林東5
鏡松八幡神社のイチョウ 徳島県板野郡板野町矢武鏡松1
栖養八幡神社のイチョウ 徳島県板野郡板野町下庄栖養57
道了神社のクスノキ 徳島県板野郡板野町川端萱野48
敷地の大クス       徳島県板野郡藍住町東中富敷地傍示50八坂神社境内
東光寺のイチョウ     徳島県板野郡藍住町東中富東傍示39
諏訪神社のイチョウ    徳島県板野郡藍住町奥野山畑148
徳命八幡神社のクスノキ 徳島県板野郡藍住町徳命元村123
住吉神社のクスノキ    徳島県板野郡藍住町住吉神蔵59
住吉児童館のクスノキ   徳島県板野郡藍住町住吉神蔵78
珍成集会所のクスノキ   徳島県板野郡藍住町住吉乾90神明神社境内
 6月8日
山神のイチョウ      徳島県板野郡上板町七條山神1公園の中
昭和天皇お手蒔きのスギ  徳島県板野郡上板町神宅大山14
天目一神社のクスノキ   徳島県板野郡上板町高瀬1108
乳保神社のイチョウ    徳島県板野郡上板町瀬部859
鳥屋の大クス       徳島県板野郡上板町瀬部577
6番 安楽寺       徳島県板野郡上板町引野寺ノ西北8
熊野神社前のムクノキ 徳島県阿波市土成町高尾
7番 十楽寺        徳島県阿波市土成町高尾法教田58
8番 熊谷寺        徳島県阿波市土成町土成前田185
9番 法輪寺       徳島県阿波市土成町土成田中198
大地神社のクスノキ 徳島県阿波市土成町秋月中ノ王子150
大野島のクスノキ 徳島県阿波市市場町大野島天神84大野島神社
香美住吉神社のクスノキ 徳島県阿波市市場町香美住吉本237
10番 切幡寺    徳島県阿波市市場町切幡観音129
野神の大センダン 徳島県阿波市阿波町森沢28
五本楠様 徳島県阿波市阿波町山王282伊勢神社
尾開のクロガネモチ 徳島県阿波市市場町尾開日吉256
案内神社の大クス 徳島県阿波市吉野町柿原シノ原337
国都神社のムクノキ 徳島県阿波市吉野町柿原植松32
五所神社のイチョウ 徳島県吉野川市鴨島町牛島1275
若宮神社のクスノキ 徳島県吉野川市鴨島町喜来399
11番 藤井寺     徳島県吉野川市鴨島町飯尾1525
12番 焼山寺     徳島県名西郡神山町下分地中318
杖杉庵のイチョウ 徳島県名西郡神山町下分地中219
森藤八大龍王神社のクス 徳島県吉野川市鴨島町森藤1220
壇の大クス 徳島県吉野川市鴨島町森藤566
玉 林 寺 のモクコク 徳島県吉野川市鴨島町山路107
6月9日
芝原八幡神社のイチョウ  徳島県徳島市国府町芝原宮ノ本3
野槌神社のクスノキ 徳島県名西郡石井町高川原桜間381
天神のイチョウ 徳島県名西郡石井町高川原天神337天満神社境内
矢神のイチョウ      徳島県名西郡石井町高原中島73新宮本宮両神社境内
新宮本宮両神社のクス 徳島県名西郡石井町高原中島73
王子のクス 徳島県名西郡石井町高原桑島7
多祁御奈刀弥神社のエノキ 徳島県名西郡石井町浦庄諏訪86
重松八幡神社のイチョウ 徳島県名西郡石井町石井重松531
銀杏庵のイチョウ     徳島県名西郡石井町浦庄下浦505
以上ここまで77件でした


 2024・6・9・9・50
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