hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

赤坂あたりの坂道④

2023-07-09 05:00:00 | 坂道
『東京の坂、日本の坂』その182。檜町公園に沿って檜坂を登る。アメリカ大使館も近いことから子供と犬を連れたアメリカ人(?)ファミリーの後ろを歩く羽目になる。坂を登り切ると左に曲がる。



氷川神社の裏に出る道は大きな木が並んで生えていて鬱蒼としている。神社の入口となり、お参りのため鳥居を潜る。由緒ある神社だけあって入口から本殿までの道が結構遠い。



さらに中の説明板によると東京十社(根津、神田、亀戸天、白山、王子、芝、日枝、品川、富岡、氷川)の1社とのこと、気がつけば氷川神社で私は10社を回り切っていた。



立派な本殿にお参りし、横を見ると立派な御輿だけでなく、背の高い山車も飾られていた。江戸時代の大絵馬が掛かっていてそこには13山車が描かれている。当時の祭りはどれだけの規模だったのか、想像だにできない。



先程の入口まで戻り、左に行く。次の角を左に曲がると緩い坂道が出てくるが、これが『氷川坂』である。



説明書には『八代将軍吉宗の名により建てられた氷川神社の正面を通る坂道である』とあった。



(赤いラインのように波打つ坂道)

坂を降って行くと右に曲がる細い坂道が出てくるが、これが『転坂』(ころびさか)、『江戸時代から道が悪く、通る人がよく転んだため、この名前が付いた』とある。今は舗装され、勾配も急とは言えないから転ぶ人もあまりいないだろうと思われるが、よく見ると勾配が2段になった変わった坂道。そのおかげでよく転んだのかもしれない。



その先は左側が開けてTBSの赤坂サカスがよく見える。少し下ると青山赤坂公園、普通の公園にバラ園をそなえているところはあまり多くない。

バラを楽しみながらしばし休息。説明板があり、この辺りの昔の町名が書かれていた。『赤坂福吉町』『赤坂氷川町』『赤坂中之町』、次に行く福吉坂はたぶん赤坂福吉町にあったのであろう。



少し行くと急に赤坂の歓楽街に入る。ところが福吉坂のヒントは少ない。番地から行くが、どおしてもうまくスマホを表示できない。

坂の角に肉のハナマサがあることを確認、人が2人並んで通るのがやっとの細い階段を発見した。何とこの階段坂が『福吉坂』なのであった。



実はこの階段坂は途中で2回も曲がっていて坂の下からでは全貌が見えない。しかし、階段を登り、もう少しで頂上という左側に坂道の改修を行った際の記念碑がでてきた。たぶん、この坂は前を何回通っても再び見つけ出すのは難しいだろう。


最後は坂を下り、赤坂見附駅に到着した。