坐骨神経痛を持っている人間にとって一番つらいのはやはり電車です。特に満員電車。まだつり革や手すりにつかまることができればいいのですが、何もなくてただ踏ん張っているときは本当につらい。揺れる電車で自分の身体を支えるだけでもつらいのに、人の体重までかかってくるのでそれに耐えようとすると腰から爪先まで痺れと痛みが走ります。これは神経痛の人にしかわからない痛みで、悲鳴を上げるほどの激痛ではないけれども耐えるのが困難な情けないような痛みです。
いつまでも痛い痛いと書いても仕方がないのですが、そういう痛みに耐えている者にとって、電車のドアの前で降りる人に逆らって踏ん張っている人は本当に困ります。痛くて力が入らないので、そういう人を押しのけて降りることができないんですね。そこで「すみません、降ります」と言いながらどいてもらおうとするんですが、もともと満員電車で沢山の人が降りる駅なのにドアの前で踏ん張るような人は、何を言ってもどいてくれないんですね。仕方がないので「降ろしてください、降ろしてください」と叫ぶことになります。相手が女性だったりすると変な誤解を受けるかもしれないなどという余計な心配もしながら、しかし押しのけることができない以上、そうするしかないのでそうします。
どうして一旦降りて降りる人を降ろしてからまた乗ることをしないのか? その心理がよく分かりません。よく分かりませんが、私自身がそういう時は一旦降りて降りる人を降ろしてからまた乗るその心理はよく自覚しています。飼い馴らされた羊の心理です。車掌のアナウンス「ドア付近のお客様は一旦降りまして降りるお客様を先にお通しくださいますよう、お願い致します」を聞くまでもなく、どうしたら周囲の人に迷惑をかけないようにできるかを考えて、率先して人の都合を優先しています。こういう私のような従順な羊ばかりだと電車の運行もうまくいくんでしょうが、これが国家全体だと、おそらくとうの昔に日本は侵略されていたでしょうね。その方がよかったかもしれないし、よくなかったかもしれない。
しかし少なくとも私自身は、たとえ日本が侵略されるかもしれないとしても、電車のドアの前で踏ん張って降りる人と乗る人の両方に迷惑をかけるような真似だけはしたくないなと、そのように思っています。それに、電車のドアの前で怒ったように踏ん張っている人を見ると、なぜか金正日を連想してしまうのは、多分私だけではないでしょう。
いつまでも痛い痛いと書いても仕方がないのですが、そういう痛みに耐えている者にとって、電車のドアの前で降りる人に逆らって踏ん張っている人は本当に困ります。痛くて力が入らないので、そういう人を押しのけて降りることができないんですね。そこで「すみません、降ります」と言いながらどいてもらおうとするんですが、もともと満員電車で沢山の人が降りる駅なのにドアの前で踏ん張るような人は、何を言ってもどいてくれないんですね。仕方がないので「降ろしてください、降ろしてください」と叫ぶことになります。相手が女性だったりすると変な誤解を受けるかもしれないなどという余計な心配もしながら、しかし押しのけることができない以上、そうするしかないのでそうします。
どうして一旦降りて降りる人を降ろしてからまた乗ることをしないのか? その心理がよく分かりません。よく分かりませんが、私自身がそういう時は一旦降りて降りる人を降ろしてからまた乗るその心理はよく自覚しています。飼い馴らされた羊の心理です。車掌のアナウンス「ドア付近のお客様は一旦降りまして降りるお客様を先にお通しくださいますよう、お願い致します」を聞くまでもなく、どうしたら周囲の人に迷惑をかけないようにできるかを考えて、率先して人の都合を優先しています。こういう私のような従順な羊ばかりだと電車の運行もうまくいくんでしょうが、これが国家全体だと、おそらくとうの昔に日本は侵略されていたでしょうね。その方がよかったかもしれないし、よくなかったかもしれない。
しかし少なくとも私自身は、たとえ日本が侵略されるかもしれないとしても、電車のドアの前で踏ん張って降りる人と乗る人の両方に迷惑をかけるような真似だけはしたくないなと、そのように思っています。それに、電車のドアの前で怒ったように踏ん張っている人を見ると、なぜか金正日を連想してしまうのは、多分私だけではないでしょう。
1年近くも返してもらえなかった敷金ですが、この間の電話が利いたのか、10月10日に振り込まれてきました。ただ、満額ではなく、なぜか3万円ほど引かれた金額でした。しかし、少額訴訟をしても戻ってくるのは大体半額ちょっとという話だったので、それに比べれば許容範囲かなと思い、納得することにしました。泣き寝入りすることもなくお金や時間をかけるでもなく解決したのは、まだ日本のどこかに少しは良心というものが残っていたのかなあ、と思わせる出来事でした。