三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「見えない目撃者」

2019年09月23日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「見えない目撃者」を観た。
 http://www.mienaimokugekisha.jp

 ストーリーは一本道だが、かかわる刑事たちが物語に従って変化し、主人公との関係性が変わっていく様子は王道の成長物語であり、とても面白く鑑賞できた。ネグレクト、家出少女、その少女を商売にする悪党たち、JKビジネス、SNS、サイコパスなど、現代的なテーマも盛り込まれ、意外に社会的な作品に仕上がっている。

 吉岡里帆が若くして映画の主役に抜擢される理由が解る気がした。黒木華、高畑充希、二階堂ふみなど、活躍する若手女優には必ずその人なりの雰囲気があって、吉岡里帆にも、やはり個性的な雰囲気がある。彼女の場合は透明感のある頑張り屋さんという印象で、芯の強さも感じる。
 本作品のヒロインはまさにそういった雰囲気にぴったりの役柄である。事故で弟を亡くし、自分自身も失明して人生に絶望しているが、警察官を目指した頃のやる気はまだ残っている。警察官の仕事は市民の安全を守るのが第一義だ。大抵の警察官は市民を取り締まるのが仕事だと勘違いしている節があるが、警察学校を卒業したばかりのヒロインには、市民の安全のために頑張るんだという気持ちがあった。
 得てして頑張り屋さんというのは世間の常識に素直に従うタイプであり、時代のパラダイムを拠り所とすることが多い。世間に対して斜に構えていては頑張り屋さんにはなれない。決して斜に構えている人が頑張らないというのではなく、反体制的な人、反抗的な人は、どんなに努力しても頑張っているとは言われないのだ。芸術家は特にそうで、頑張って絵を描いたり小説を書いたりしても、それを頑張っているとは表現されない。一生懸命にデモ行進や演説をしても、それは頑張っているとは言われない。つまり頑張るというのは世の価値観に沿った行動に対してのみ使われる言葉なのである。
 吉岡里帆はまだ頑張り屋さんの雰囲気だが、更に経験を積んでディパレートな雰囲気やデカダンな雰囲気、消え入りそうなか弱さなどの演技もできるようになれば、少し先を行く黒木華に追いつけるかもしれない。
 そうは言っても、現時点で既に演技はかなり上手で、本作品の盲目のヒロインの役は堂に入っていた。目は大きく開いているのに見えていないと観客が納得してしまう表情は、演技の努力と演出の賜物だと思われる。最初から最後までブレずにこの表情を貫くことができた点は、役者としてのポテンシャルの高さを窺わせる。

 総じて作品としての出来はよかったが、主題歌にやや不満がある。シーンの効果音はとてもよかったのに、エンディングで流れる歌は作品との相性が悪くて若干興醒めしてしまった。ちょっぴり残念だ。


映画「Once upon a time in Hollywood」

2019年09月23日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「Once upon a time in Hollywood」を観た。
 http://www.onceinhollywood.jp

 主役はレオナルド・デカプリオとブラッド・ピットのふたり。ほぼ役者バカで落ち目になることを恐れてばかりいるデカプリオのリック・ダルトンよりもブラッド・ピットのクリフ・ブースのほうが人間的に深みがあるように感じられた。とはいっても舞台はハリウッドだ。プラス思考でノーテンキな強欲ばかりが暮らしている。
 一応ベトナム戦争に反対するヒッピーたちを描き、そしてチャールズ・マンソン率いるカルト教団を描いて1969年当時の様子を表現してはいるようだが、時代の持つ閉塞性だとか国家間の経済事情だとか地政学的な分析だとかは描かれることがなく、ハリウッドとその周辺の人間模様の描写に終始している。
 要するにクエンティン・タランティーノ監督は、あの頃のハリウッドの人々の様子だけを描きたかったと思われる。しかし何故それが描きたかったのかが伝わってこない。だから映画の世界観が理解できないし、おかげで面白いと思うシーンがひとつもなかった。監督には映画人のこだわりや昔の作品に対する思い入れがあって、同じ思い入れのある人には理解できる部分はあるのだろうが、その思い入れはオタクの精神性である。
 残念ながらオタクとはほど遠い当方には、この作品を理解することは出来なかった。見る人によっては面白く感じる作品なのかもしれないが、多分それは楽屋落ちだ。とても長く感じた3時間であった。


映画「記憶にございません!」

2019年09月23日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「記憶にございません!」を観た。
 https://kiokunashi-movie.jp

 傑作な人情喜劇である。役者陣は達者な演出のおかげなのか、お笑い芸人も含めてみんなよかった。特に小池栄子がいい。映画でもドラマでも脇役ばかりの女優さんだが、シーンを盛り上げることにかけてはピカイチである。本作品でもそのポテンシャルを惜しみなく発揮して、中井貴一のコミカルな演技とディーン・フジオカのシリアスな演技を盛り立てる。演じた番場のぞみは表情豊かに観客の感情移入を誘い、作品の世界観をリードしていく。このキャラクターを思いついたのは流石である。観客は番場のぞみが喜ぶときに喜び、心配するときに心配していれば、楽しくこの作品を鑑賞できる。
 小池栄子をはじめとする女優陣の演技は典型的でわかりやすい。喜劇ではわかりやすさが大事である。それにある程度のオーバーアクション。吉田羊や木村佳乃の演技はまさにそれで、三谷監督の演出が冴えている。有働由美子は一瞬誰かわからなかったが、アンカーウーマンとして変に色っぽいところが笑える。キャスターはこうでなければならないといった既存の価値観を壊しているところがあるから、有働由美子としては演じていてさぞかし痛快で楽しかっただろうと思う。
 そして中井貴一や佐藤浩市の演技は堂に入ったものだ。古くは「壬生義士伝」での共演があり、最近では直接の絡みはなかったが「空母いぶき」にふたりとも出ていた。政治的な発言は殆どないが、表現者に共通する、強権に確執を醸す志みたいなものは二人ともに感じられる。それは作品の強さにも通じるところがあって、当然ながら監督脚本の三谷幸喜にも、時代のパラダイムに反発する自立心があるだろう。それが世界観の芯になっているから安心して笑えるのだ。いつの世も喜劇は世の中を笑い飛ばすスケールの大きさが求められる。
 三谷幸喜と中井貴一と佐藤浩市。この三人の広い精神性の上で小池栄子をはじめとする女優陣を自由に遊ばせることで、この作品が政治的かつ社会的な広がりを獲得したと言えるし、観客はそのスケールの大きさの上で安心して笑える。パラダイムを笑い飛ばすのは誰にとっても痛快なのだ。もう一度観たくなるいい作品である。