三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「Our friend」

2021年10月19日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「Our friend」を観た。
 
 ガンと診断されて余命を告知される映画では、ジョニー・デップが主演した「The Professor」(邦題「グッバイ、リチャード!」)が群を抜いてよかった。文学教授のリチャードが余命を宣告されたあと、どのように生きるのかをリアルに描いている。ジョニー・デップの振り切った演技が本当にケッサクなので未鑑賞の方がいたら、ぜひ観て欲しい。
 
 本作品はガンで余命宣告をされたニコル・ティーグ、その夫のマシュー(マット)、二人の共通の友人でありデインの3人のそれぞれの微妙な気持ちの変化を、時を行き来しながら描き出していく。ただ行き来が目まぐるし過ぎて、どの段階でデインがキレたのか、マシューが美女から誘われたのが何年のことなのかなどがこんがらがってしまった。
 頭の中で場面を並べ直しながら鑑賞することになって、そっちの方に頭を使う分、感情が追いついていかなかった。時を遡ったシーンはよく使われる手法ではあるが、本作品のように使いすぎてしまうと観客は混乱してしまう。もっと普通に時系列に沿って物語を進めたほうがよかった気がする。
 
 役者陣は総じて好演。特にケイシー・アフレックは変わっていく妻と反抗的な長女を相手という微妙な演技が要求されるマシューを見事に演じきった。主演映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のときの演技に匹敵する熱演である。
 一方、ジェイソン・シーゲルの演じたデインは、自分の時間の殆どをティーグ夫妻のために費やし、私生活をかえりみない。私生活の方面から非難されるが、ティーグ夫妻に自分が不可欠であることを知っている。しかし尽くしすぎて自分の精神が危うくなる。こちらも難役を上手にこなしたと思う。特にニコルの症状が進んで暴れたり暴言を吐いたりする場面では、仁王立ちになってニコルのすべてを受け止める演技が印象に残る。
 ダコタ・ジョンソンが演じたニコルのシーンでは、デインに恋人が出来ないのは、デインが現実に身をさらす覚悟が出来ていないからだと看破する。この賢さがニコルの特質のひとつだ。ニコルが指摘する通りならば、デインがティーグ夫妻を手助けするのは、現実の自分に戻りたくないからなのかもしれない。しかし夫妻の喜怒哀楽や修羅場を経験して、現実を受け入れる準備ができたようだ。
 
 日本では年間で140万人が死んでいる。1日に3,835人だ。自殺者は1日100人。統計的な数字にはあまり感慨がないが、身近な人間の死は、それなりの衝撃がある。それは3,835人の中の1人ではない。
 ニコルはひとりしかいない妻、ひとりしかいない母だ。心の交流が多いほど、喪失感は大きい。マシューやデインや娘たちの悲しみは伝わってくるのだが、あまり心に響かない。やっぱり普通の時系列で観たかった。