三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「魂のまなざし」

2022年07月31日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「魂のまなざし」を観た。

 フィンランド共和国は人口550万人の小さな国だが、国連が発表している幸福度ランキングはこの5年連続で第1位である。民主主義社会の成熟度、教育文化レベル、福祉の充実度などがいずれも高評価となっている。日本の成績は論外なのでここでは触れない。
 幸福度ランキングが1位だからといって、映画が幸せ物語ばかりということはない。人間は不条理な存在だから、問題がなくなる訳ではないのだ。人間の本質や人生のありようを描くのが映画だとしたら、現在のフィンランドにも描くべき題材はある筈だ。

 という勝手な考察とは裏腹に、本作品は現代の話ではなく、19世紀後半に生まれた画家の物語である。女性であることだけで理不尽なパラダイムにさらされる時代だ。主人公が男性だったらテーマは違っていたかもしれない。
 男がいくつになっても夢見る3歳児であるように、女性はいくつになっても恋に憧れる乙女のままだ。方向の違うベクトルは、いつまでも交差することはない。人と人との間には暗くて深い川がある訳だ。エイナルとの淡い恋は、50代の画家に何をもたらしたのだろう。

「写実はとうの昔に捨てた」とヘレンは言う。19世紀後半といえば、写真技術が本格化して、絵画の写実主義に疑問が持たれはじめ、クロード・モネらの印象派の絵画が生まれた時代である。「美人じゃなくても情熱がある」と、その絵を描く動機を説明するが、兄には理解できない。
 当方のような凡人が絵を見てまず思うのは、誰の絵で、どんなタイトルで、値段はいくらなのかということである。実に下世話な疑問だが、そう思ってしまうのだから仕方がない。凡人で悪かった。
 ゴッホやモディリアーニなど、生きているうちは絵が殆ど売れなかった画家に対して、ヘレン・シャルフベックは生きているうちから評価されて、絵が売れた画家である。しかしカネが彼女を幸せにしてくれることはなかったようだ。

 小説家は自分の内面を覗き込み、恥も外聞もかなぐり捨てて、ありのままの魂を描く。身を削るようにして作品を紡ぎ出すのだ。画家にも同じようにして絵を描く人がいるのを、本作品で初めて知った。
 邦題の「魂のまなざし」は、映画にしては珍しく配給会社の発案ではない。2015年に東京芸術大学美術館で開催された「ヘレン・シャルフベック-魂のまなざし」と題された展示会に由来する。ヘレンは自分の魂と向き合いながら描いた。その絵を見る者は、否応なしに画家の魂と向き合うことになる。秀逸な邦題だ。ヘレンの描いた絵を見たいと思った。

映画「デウス 侵略」

2022年07月31日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「デウス 侵略」を観た。
映画『デウス/侵略』オフィシャルサイト

映画『デウス/侵略』オフィシャルサイト

カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022にて上映|未知との遭遇によって、人類が追い詰められていくSFノワール・スリラー

映画『デウス/侵略』オフィシャルサイト

 地球の人口が210億人に達した近未来が舞台。地球は壊れていき、人類の未来に暗雲がたれこめていくさなか、火星軌道上に突如として現われた黒い巨大な球体。その正体は何なのか。未知の球体に、人々は根拠のない期待を寄せる。

 流石にイギリスのSF映画である。テーマが真面目だ。「私はアルファであり、オメガである」という台詞が出てきたのは少し意外だった。イギリスはイングランド国教会が有名なキリスト教国ではあるが、国民性としては無宗教のイメージがあるからだ。とはいえ無宗教の当方でも新約聖書の「ヨハネ黙示録」の言葉であるとわかるくらいだから、常識の範囲内か。

 世界の人口は先進国が徐々に下り坂になっているものの、アフリカやインド、南米では人口爆発が続いている。タリバンの支配しているアフガニスタンでも人口が増えている。どう考えても不幸な子どもたちばかりなのに、親は不幸を生み出し続ける。
 人口は労働力であり市場である。生産者であり消費者なのだ。経済成長には人口増加が欠かせない。有名なマルサスの人口論では、人口は等比級数的に増えるのに対し、食料は等差級数的にしか増加しないから、必ず食糧危機が訪れると説明されている。
 一方では食物の廃棄も問題になっていて、日本では毎年600万トンの食料が棄てられている。ひとり当たりおにぎり1個分を毎日棄てていることになるそうだ。さらに一方では、世界の人口の1割が飢餓に苦しんでいる。食料には消費期限があるから、分配も簡単にはいかない。

 本作品はそういった問題をバックグラウンドとして、世界の指導層が独善的な解決案を模索する恐ろしさが描かれる。報道やプロパガンダも併せて皮肉っているように感じた。邦題の「侵略」は余計だが、悪い作品ではないと思う。