民主党政権のデタラメさを国民に知らせるのが、今もっとも大事なことである。TBSが東北大震災の翌日、3月12日の大変なときに、1号機への海水注入を官邸が邪魔したというニュースを流したことは、大きなエポックになるはずだ。ようやく報道統制のタガが緩んできたのだろう。TBSが報道したように、メルトダウン寸前の最悪の事態にもかかわらず、海水注入を中断させたとすれば、ある種の犯罪ではなかろうか。その日の朝、福島第一原発を菅直人首相が訪問したことと合わせて、今後、徹底した真相究明が求められるだろう。さらに、2号機が3月15日に爆発した件についても、菅首相の責任があるのではないか。テレビで異常事態が告げられているのに、菅首相は内幸町の東電に乗り込んで、当り散らしていたからだ。そのときに漏れた放射能物質が福島第一原発の北西部に風で流され、飯舘村、川俣町、さらには福島市に死の灰をもたらすことになったという。最高責任者としてすべきは、風向きを考えての住民の退避であったのに、それもせずに騒いでいたのである。官邸サイドが原発事故の節目節目で、横槍を入れていたとすれば、人災どころか菅災ではなかろうか。東電が海水注入をためらっていたかのように言っていた民主党政権のウソが、また一つ露見したわけだから。
菅直人首相は政治指導者として失格だ。3月12日朝、福島第一原発を視察する前に、首相官邸でスピーディの予測図を見て、それから出かけたのだという。わが身のことだけを最優先したのだろう。その日の午前3時から6時までの時間は、ベントした場合に、海に放射性物質が流れることを確認したのだった。それこそ真っ先に、原発周辺の住民に対して情報を提供すべきだったのに、それをしなかったのである。さらに、信じがたいのは、福島県の対応である。1号機が爆発した翌日翌3月13日からスピーディーの試算図を受け取っていながら、それを県民に公表しなかったからだ。それを知っていれば、被曝が軽微なものになったことは明らかだ。昨日の福島県議会では、そのことも問題になったようだが、そこにも、国の意向が働いていたのではなかろうか。政治指導者というのは、わが身を後にして、国家国民のことを考えるのがあたりまえだ。吉田松陰は子供の頃、叔父の玉木文之進に教育されたが、顔が痒くて手で掻いただけで、半殺しの目に遭った。自分のことを先にすることは許せないと、玉木が折檻したのである。だからこそ、無欲の思想家吉田松陰が誕生し、維新回天のリーダーになったのである。それと比べると、菅首相は嘆かわしい限りだ。