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光秀謀反の本能寺なーんちゃって⑪

2021年02月16日 19時26分20秒 | 光秀の本能寺
「光秀め何を血迷ってこのようなところで我らと戦う気になったのか」
それもそのはず、姫路は秀吉の播磨の本拠地であり,参謀の黒田官兵衛の故郷でもある
羽柴方にとってホームグラウンド、蟻の巣穴まで熟知したところなのだ
やはり光秀も、それには気づいていた(一体なぜこのようなことになってしまったのか)
敵地で戦う事の不利も当然ながら何の為に大軍を率いて姫路に来てしまったのか、それはわかっている、毛利と連携する事が条件だったのだ
ところが毛利は秀吉と和睦したとのことだった、これでは仮に姫路城を落としても孤立無援いずれ攻められて敗れる
ここにきて光秀が描いていた僅かな夢が崩れようとしている、様々な原因があったとは言え信長を衝動的に殺したことを悔やみだした
悔やんだとて今さらどうにもならない、初めて自分の命が危ういことに気づいた、急に臆病風が吹いてきた

「殿、羽柴勢が近づいておりますぞ、姫路城を総攻めするのか撤退するのか迎え撃つのか、御下知を」斉藤利三が促した
「うん 我らはこれより前進して秀吉軍を迎え撃つ、まずは川(市川)を渡り川の東に城勢への備えと後詰めを兼ねて
溝尾庄兵衛を大将に2500を5小隊に分けて配置せよ、その前の小高い丘を本陣としてわしが1500を三段に藤田伝五に2000を二段に
本陣前の麓に斉藤利三、明智秀満が各々5000ずつ5段にて展開、本陣の南の小山に斉藤利光が4000で遊軍とする
総勢2万の明智軍の布陣は忽ち終わった、もはや敗れて当然の死を決した背水の陣だ
今となっては背後の姫路城の宇喜多勢が邪魔で仕方ない、今は音を鎮めているが羽柴勢が有利になれば城から撃って出るだろう
そうなれば挟み撃ちで全滅の憂き目に遭う、まずは初戦で羽柴勢を叩くしかない

羽柴勢は地元の領主粕屋武則を案内として羽柴秀長の軍勢7000が次第に近づいて来た
光秀としては大河の加古川の西で食い止めたいところだが丹波方面から下ってこられたら背後に回られて危険だ
それに平地が広すぎて守り切れない、少しでも狭くて地形の複雑なところでなければ秀吉の大軍は防げない
物見に寄ればやはり南から高山勢、池田勢の摂津の与力が5000程下りてきたという、しかもその後を但馬の宮部勢も追ってきているという
加古川方面からは秀長のあとを追うように秀吉の本隊1万が来ているという
更に織田信孝も尼崎まで軍を進めてきたという、また淡路の海賊衆が動く恐れもある

羽柴秀長の本陣は斉藤利光の陣の向かえの小山の高さ100m程の中腹に構えた
その前には凡そ1000人の軍団を2段に構えた
山の南の御着城跡には池田元助が500の兵で籠もっている、その前方の平地には斉藤利三勢、明智秀満勢に向かい合って
およそ5000が数段の備えを構えている、そして南からは高山勢2000が光秀本隊の前線の小山に向かって布陣
その東には池田恒興の3000が備えている、その後方に宮部継潤の軍が1000数百

ついに羽柴軍の正面が鉄砲を撃ちかけてきた、負けじと明智軍も撃ち返して火ぶたは切られた
東に小高い丘が連なる狭い谷間に両軍が走り出して長槍と長槍、騎馬と騎馬がぶつかり合っている
明智勢がやや押し気味であったが、光秀本陣から近い平野部にぽつんとある50m程の丘から一斉に鉄砲が放たれた
明智秀満の騎馬武者が数騎撃ち落とされた、羽柴方の兵が群がって首を上げた
その丘の反対側から斉藤利三の兵が駆け上がって、羽柴勢の鉄砲足軽を襲った、瞬く間に数十の鉄砲足軽が突き殺されて転がり落ちた
その後を斉藤勢の鉄砲隊が上がってきて,今度は羽柴勢の武者を撃ち落とした
こうして、この小さな丘の奪い合いから戦闘は激しくなって行った
有利に展開している明智勢が500騎ほど御着の池田勢に攻めかかった、すると南に進出していた元助の父、池田恒興の3000が一斉に明智勢の横を衝いてでた
同時に高山勢は明智光秀の本陣の南の端の旗本勢に向かって小山を駆け上がっていく、山の上からは鉄砲を撃って防戦
高山勢は損害を受けながらも前線の丘を奪った、その勢いで尾根伝いに光秀本陣を襲おうと進んだが
光秀軍の方が高台にある、鉄砲を撃ちかけた後、槍衾で一気に丘を駆け下りて高山軍と乱戦になった
後備えの溝尾軍から300程、山を駆け下り高山軍に向かった、こうして高山軍は被害を出して奪った前線の丘まで撤退して備えた
池田勢は前に出すぎた明智秀満隊の先頭を襲った、そして3000と言う圧倒的な数で分断した、御着の元助隊も山を駆け下りて川岸から弓を放った
これにより秀満隊の先頭は大損害を受けて後退した、池田隊はこの平地のほぼ真ん中で防御態勢を築いて羽柴秀長本隊の増援を待った

今の状況を言うと戦場の南部は高山、池田、宮部の総勢6500が光秀の本陣と主戦場の平地を伺っている
光秀本陣のある長い丘の北端のピークを高山勢が占領した
光秀の本陣3500は動かない、その後方の溝尾隊は2000、遊軍の500は高山隊とにらみ合っている
市川を挟んだ姫路城の宇喜多隊3000は秀吉の命令があるまで城を守り続けている
主戦場の平地では先頭が混乱したが明智秀満隊が5000の半分を池田隊に備え、残りの半分を秀長隊に備えている
主力部隊の斉藤利三隊5000は、ほとんど無傷で向かい側の山に陣取っている羽柴秀長を急襲しようと算段している
羽柴秀長の正面の小山にいる斉藤利三の息子、遊軍の斉藤利光4000は秀長本陣を伺っている、場合によっては父と共に攻め入るつもりだ
羽柴秀長は今動くと不利だと考えている、前面の川が防衛ラインとして最適であるから急襲を受ける心配はない
一部の兵を主戦場に送っているが手元には2000近い兵が居る、何よりも兄の秀吉から「わしが着くまでは防御に専念せよ」と言い含められているのだ
羽柴秀長,兄を心から神のように敬っている、だから決して兄の言いつけには背かない
兄の言うことを信じていれば絶対間違いないと思っている、性格は温厚で部下からも愛されている武将であった
そして総大将羽柴秀吉の1万の大軍がすぐそこまで来ていた