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3.11 から5年の節目に
「犠牲者の冥福を祈り、被災者を支援するチャリティーコンサート」
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〔本邦初演〕
キコ・アルグエイヨ作曲
シンフォニー「罪のない人々の苦しみ」全5楽章
トーマス・ハヌス指揮
キコ・シンフォニーオーケストラ / キコ・シンフォニー合唱団
(2012年、ニューヨークフィルの本拠地、リンカーンセンター・エイブリーフィッシャーホールでの演奏風景)
東京公演:2016年5月7日(土)6:00 p.m.開演
《サントリーホール》
制作:(株)メイ・コーポレーション (代表取締役:三枝 成彰)
〒106-0032 東京都港区六本木5-16-5 インペリアル六本木908 (担当:倉田 瑞穂)
TEL:03-3584-1951 / FAX:03-3584-1952
「罪のない人々の苦しみ」について
シンフォニーの主題「罪のない人々の苦しみ」という言葉にユダヤ人は敏感に反応する。それはユダヤ民族の苦難に満ちた3000年以上の歴史と、特に、第二次世界大戦中の「ホロコースト」(ナチスドイツによるユダヤ民族絶滅)の犠牲者の苦しみに思いが直結するからだ。
日本なら、長崎・広島の被爆者の苦しみが連想されるはずのところだが、出来事の記憶を生々しく保とうとする意思はユダヤ人ほど強く感じられない。生存する被爆者が高齢化し数も少なくなった今日、原爆を落とした国を決して赦さず忘れまい、とする思いはむしろ希薄なように思われる。
しかし、3.11の地震・津波・原発事故の犠牲者と被災者の苦しみは違う。それは今日の日本の現在進行形の「罪のない人々の苦しみ」であり、その傷口は今もけっして癒えてはいない。
ホロコーストも、広島・長崎も人間の罪と敵意の結果であったのに対して、3.11 は一見するところ不可避の自然災害の結果である点で、同列には語れないと人は言うかもしれない。しかし、福島の原発事故の今後何世代に及ぶとも知れない未曾有の災厄は、人間のあくなき欲望と奢り高ぶりの結果だったという意味で、やはり人災という他はないだろう。
人災であれ天災であれ、そこに多くの「罪のない人々の苦しみ」があるのは事実だ。なぜ罪のない人々が苦しまなければならないのか。その苦しみに意味があるのか。その苦しみから何らかの善が生まれ得るのだろうか・・・。この人類普遍の苦しい問いに対して答えを見出そうとするのが、キコのシンフォニーの挑戦だ。その意味で、このシンフォニーは単なる新しい音楽的試みにとどまらず、深い哲学的なメッセージを秘めたものであると言えるだろう。
最近聖人に列せられた教皇ヨハネ・パウロ2世は、最期の著書「記憶とアイデンティティー」(2005年)の最期のページに「苦しみは愛の炎で悪を焼き尽くし、苦しみは罪からもたくさんの善の花を咲かせることができる」と書いている。この短い言葉に凝縮された深い真理を正しく理解するのは容易ではないかもしれない。
キコのシンフォニーは、「罪のない人々に襲いかかる苦しみ」が、人を絶望と死に誘うものではなく、巨大な悪に打ち勝ち、人類の罪から善を引き出すものであること、死を克服し、復活と永生の希望に道を開く積極的な意味を秘めていることを、音楽を通して表現しようとするものである。
この音楽は、苦しみ -特に「罪のない人々の被る苦しみ」- の持つ神秘的、肯定的、贖罪的な意味を発見するヒントを、聴く人に与えることができるにちがいない。
なお、今回の《チャリティーコンサート》の会場では、フィナーレに3.11 の復興支援ソング
「花は咲く」をステージと会場一体となって大合唱する予定。
(つづく)