日差しが眩しく差し始めた初夏から、カンカン照りが盛んになった真夏の候
彼女はこれまでと違って、初めてシーズンの初めに購入した今年の麦わら帽子を愛用していた。
近くのお店に買い物に行く時も、山道を所在無さげに逍遥してみる時にも、
この帽子1個のみを使い回して軽装で出かけるのだった。
事実、彼女は他に夏用帽子を持っていなかった。お洒落に出歩きたい時には日傘をさしていた。
しかしこのような郊外では改まった服装で出かける場所が実際に無かったのも事実である。
殆ど買い物にしか出歩かないのだから、手の空く麦わら帽子は彼女の買い出しの常のお伴であり、相棒だった。
彼女は山道の夏草のむーっとする香りを楽しみながら、山を迂回する広道の車道のコースから、
ご近所の人に教えてもらって、山肌の斜面に作られている急階段の近道を覚え、
あちらの小道、こちらの小道、また、隣町への山道など、海へ降りて行く斜面の階段を新しく発見しながら、
この新しい住まいの土地に徐々に慣れて行った。
彼女にとって、段々畑から海辺へと降りて行く道は、見晴らしの良さや潮風の心地よさからお気に入りのコースだった。
畑では年配の婦人や初老の婦人、かなりの年齢らしい婦人まで、主に女性を多く見かける事になった。
ここは海辺の町であり、働ける土地の男性は漁に出ている人が多かったのだ。老齢な男性でさえめったに見る事が無かった。
彼女が麦わら帽子に軽装のズボン姿で段々畑の中を下りて行くと、
誰かしらによく挨拶されたのは、全く風景に馴染んでいたかららしかった。誰か土地の人と思われるようだった。
薫子がこの様に土地に馴染んでしまったものだから、竹雄はある時彼女にこう言ったものだ。
「君の都会的なところが気に入って嫁に貰ったのに、何だか田舎臭くなったな。」
彼女はこれを聞いて苦笑いしながら、
「田舎にいて都会的になれと言う方が無理じゃないかしら。」
と返した。ぐうの音も出ない竹雄だったが、言い返されてややカチンと来たらしかった。
それでもこの夫婦はまだ新婚という事もあったのかもしれないが、傍目にはそれなりに仲の良い夫婦に見えた。