僕はそこに属しているのか属していたのかもうわからなくなっていたが、とにかく手渡しだというのでとぼとぼと給料を取りに行ったのだった。僕は近頃働いたという記憶はまるでなかったけれど、とにかく男は僕に金めいたものの入った封筒を手渡してくれた。明細を確認すると確かに3回働いたということになっている。心当たりのない金を受け取って僕は歩いた。倉庫の中には他にも給料をもらったという友達が溜まって昔話をしていた。僕もなぜか入っていたというとみんなはそれほどには驚きをみせなかった。「過去の働きと合わさっているんじゃない?」あるいは、「他の人のと足してじゃない?」と推測する者もいて、とにかく経理上何かが何かで僕のところに流れてきたのだった。テレビの中ではマリオが同じ道を何度も行き来して駆け回っており、僕はコントローラーを手にして友達と競いたかったけれど、「さあ、帰ろう」と誰かが言って、この部屋の中心に今はマリオはいないことを悟った。13700円を僕は手にしている。
「しかしすごいなあ」
空一面には果てしなく星々が散らばって光を放っている。赤、青、黄色、緑……。単純に呼び止められる色もあれば、どのクレヨンを持ってきても塗ることのできない複雑な色をしたものもある。
「笑うなあ」
彼が言ったそれはその圧倒的な美の不変性に対してであることを、僕らは瞬時に理解していた。僕らの生きている時間、歳月を重ねたように思える時間など、あの大きな空に無数に点在する光をしばらく見つめれば、あたかも何もなかったように思えてきて……。
妹が兄を追って駆けて行くようにいつまでも追いかけっこをしている星、8の字を描くように彷徨う星、ただじっとして何かを待っているように動かない星、2重の輪を作って外の青と中の赤で交互に回転してみせる星たち。それらはみんな見慣れた星座だった。
「あれもそう?」
夜の獣が屋根を駆け上って星にまで昇格したようだと母が言った。
「あれは下から照らされてああ見えているのよ」
姉が言葉を尽くして母に説明した。
「どれどれ」
母は身を乗り出してまやかしの星を観察するが、まだ納得には至っていないとわかる。僕は懐中電灯を持って左手をその光の上に被せた。指の隙間から煙にも似た光の粒が立ち上がって、それぞれが志す方向へ逃げ広がって行く様を、母に見せた。ほら。
「わかった?」そう言って母を責めた。ソファーに深くもたれながら眼鏡をかけた女は怖い顔で時々こちらの方に視線を投げた。僕の名は、ついに呼ばれなかった表彰式の最後に女は呼ばれ、読みかけのコミックをソファーに置いて、前に進み出る。その時、初めて彼女の存在に気づいたように母は少し感心した様子で彼女の顔を見つめ、そしてまた空を見上げた。
机の前に座った外国人に教えようとしてうまく言葉が出てこなくて、「ファイト、トゥデイ」なんて言ってしまう教室の中は兄の部屋から持ってきたハードロックのCDにどんどんと占拠されてゆくので、その内先生に叱られてしまうだろう。「奴らがうるさいよ!」奴らって? 「ファースト・ベイスメント!」みんなで見に行くことになって、ついでに風呂に行こう。何も持たずに行けばいい。僕は気楽に階段を下りた後でパンツくらいは持ってくるべきだと後悔して、みんなに遅れを取った。T字カミソリを持って僕はありもしない髭を剃り落としていた。ゆっくりと時間をかけて何度も同じ場所を剃り落とし、少しずつずらしては新しい場所を剃り落としていった。ありもしない髭は剃っても剃っても剃り落とすことはできなかったけれど、ある瞬間に手を止めてしまえば、その時すべてを剃り落としたと思うこともでき、僕はそのきっかけだけを密かに待っていたのかもしれない。扉が開き、みんながきれいな体になって現れた時に、僕は同時に風呂上りの人となり今までの遅れを取り戻したのだった。教室に戻るとロックバンドはすべて解散した後で、今は姉の持ってきたコミックや文庫本に占拠されていた。ロッカーからあふれ出て床に落ちた本の中に、自分の本が交ざっているのを見つけた。僕はそれを拾い上げる。姉の本の並びの中にこっそりと押し入れると暗号が解除されて音のない階段が現れた。上っていくとようやく校舎の外に出ることができた。朝顔が夏を描くように、僕は大きく深呼吸をした。ひまわりの星座が、いつもよりも笑っているようにみえた。
「しかしすごいなあ」
空一面には果てしなく星々が散らばって光を放っている。赤、青、黄色、緑……。単純に呼び止められる色もあれば、どのクレヨンを持ってきても塗ることのできない複雑な色をしたものもある。
「笑うなあ」
彼が言ったそれはその圧倒的な美の不変性に対してであることを、僕らは瞬時に理解していた。僕らの生きている時間、歳月を重ねたように思える時間など、あの大きな空に無数に点在する光をしばらく見つめれば、あたかも何もなかったように思えてきて……。
妹が兄を追って駆けて行くようにいつまでも追いかけっこをしている星、8の字を描くように彷徨う星、ただじっとして何かを待っているように動かない星、2重の輪を作って外の青と中の赤で交互に回転してみせる星たち。それらはみんな見慣れた星座だった。
「あれもそう?」
夜の獣が屋根を駆け上って星にまで昇格したようだと母が言った。
「あれは下から照らされてああ見えているのよ」
姉が言葉を尽くして母に説明した。
「どれどれ」
母は身を乗り出してまやかしの星を観察するが、まだ納得には至っていないとわかる。僕は懐中電灯を持って左手をその光の上に被せた。指の隙間から煙にも似た光の粒が立ち上がって、それぞれが志す方向へ逃げ広がって行く様を、母に見せた。ほら。
「わかった?」そう言って母を責めた。ソファーに深くもたれながら眼鏡をかけた女は怖い顔で時々こちらの方に視線を投げた。僕の名は、ついに呼ばれなかった表彰式の最後に女は呼ばれ、読みかけのコミックをソファーに置いて、前に進み出る。その時、初めて彼女の存在に気づいたように母は少し感心した様子で彼女の顔を見つめ、そしてまた空を見上げた。
机の前に座った外国人に教えようとしてうまく言葉が出てこなくて、「ファイト、トゥデイ」なんて言ってしまう教室の中は兄の部屋から持ってきたハードロックのCDにどんどんと占拠されてゆくので、その内先生に叱られてしまうだろう。「奴らがうるさいよ!」奴らって? 「ファースト・ベイスメント!」みんなで見に行くことになって、ついでに風呂に行こう。何も持たずに行けばいい。僕は気楽に階段を下りた後でパンツくらいは持ってくるべきだと後悔して、みんなに遅れを取った。T字カミソリを持って僕はありもしない髭を剃り落としていた。ゆっくりと時間をかけて何度も同じ場所を剃り落とし、少しずつずらしては新しい場所を剃り落としていった。ありもしない髭は剃っても剃っても剃り落とすことはできなかったけれど、ある瞬間に手を止めてしまえば、その時すべてを剃り落としたと思うこともでき、僕はそのきっかけだけを密かに待っていたのかもしれない。扉が開き、みんながきれいな体になって現れた時に、僕は同時に風呂上りの人となり今までの遅れを取り戻したのだった。教室に戻るとロックバンドはすべて解散した後で、今は姉の持ってきたコミックや文庫本に占拠されていた。ロッカーからあふれ出て床に落ちた本の中に、自分の本が交ざっているのを見つけた。僕はそれを拾い上げる。姉の本の並びの中にこっそりと押し入れると暗号が解除されて音のない階段が現れた。上っていくとようやく校舎の外に出ることができた。朝顔が夏を描くように、僕は大きく深呼吸をした。ひまわりの星座が、いつもよりも笑っているようにみえた。