「あなたのためのものです」
どこを開いてもためになり、どこに触れても刺激的で、始めれば途中で抜け出すなんてできないと言った。強い言葉に押し切られて君は本を開いた。一度ページをめくったところで最初の挫折を経験した。
「どこを開いても夢中になれます」
「どんな本です」
「そんな本です」
君はもう一度、最初からやり直した。二度三度ページをめくっても止めなかった。心にひっかかるものがなくても、自分をだまして先へと飛んだ。辛抱強く書に向かい中盤に差し掛かる頃には、言葉は既に意味を失っていた。蟻の行進を眺めている時間に似ていた。
ソムリエは哀れむような視線を君へ送った。
「かわいそうな人。愛すべきところは満ちているのに、あなたの冷め切った心がそれを受けつけないんだ。でも遅くない。見つけましょう。一番素敵なものをみつけて、愛しましょう。みんなにできてあなたにできないことはないんだから」
操られた指が頼りなくページをめくった。文脈をつなぐ蟻たちが歩調を緩めて、君へ微笑みかける。一つ一つに目をとめて見るとそこに個体があり、節があった。音楽的な響きに打たれて折句の扉が開く。言葉は歌に化け、新しい生命のように跳ねた。与えられたものを読み解くことはできなくても、歌うことはできる。君はそこから紡ぎ始めた。意味は見えない。ただ歌い続けることが君の希望だ。
「大丈夫。あなたも愛せます。あなただけが特別ということはないんだから」
見つめ合う
創意の消えた
坂道で
醒め行く過去は
愛おしい人
折句「ミソサザイ」短歌