眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

素麺流し

2019-08-28 07:53:00 | リトル・メルヘン
「来週入ってきます」
「えっ? 先週も確かそう言ってましたよね」
 素麺ブームは衰える気配がなく、どこの店に行っても一本の麺も残っていない。僕は入荷の日を楽しみに一週間を過ごしていた。昨日から何も食べずに足を運んだというのに。
「また来週お越しください」
 食欲が一気に失せた。素麺以外の何を食べろというのか。記録的暑さが体力を日々奪っているというのに、今は素麺以外にまるで関心がない。


「くそガキが。10年早いわ」
「いや100年だ。ガキに食わせる素麺はない!」
「まったくだ。氷でもかじっとけってな」
「ははは。こいつは俺たちのもんだ」
「時給950円の俺たちの報酬だ」
「当たり前だ。これくらいないとやってられるか」
「やっぱり夏はこれに限る」

「あっ、ガあ。お客様……」
「ん? 客?」
「何か?」
「トイレ貸してください」
「あー……。ないんです」
「えっ?」
「トイレはないんですよ」
「なるほど」
 密かに踏み込んだバックヤードに闇を見た。季節の風物詩は独占的に流されているのだ。僕はすぐさまカメラを起動して店員たちの悪事を撮影しておいた。もうどんな言い逃れも通用しない。

「はい」
「トイレはね」
「はい。ごめんなさい」
「何が?」
「はい?」
「何がごめんなさいなの?」
「ですから。トイレがですね」
「で?」
「で?」
「くそガキに何か言うことは?」
「えーと。いつからそこへ?」
「最初からいたよ」
「最初から……」
「先週くらいからかな」
「実はこの素麺ですね、今入ったとこでして……」
「今ね」
「はい」
「100年前じゃない?」
「お客様……。誠に申し訳ございません」
「うん」
「このことはどうか……」

「さあ、どうしようかな。僕はむしゃくしゃしてるんだよ。何かネットにアップしたいくらい。例えば流し素麺の動画とかだけどね」

「お客様。それはちょっと。よかったらこちらへどうぞ」
「そう?」
「ここ空いてますから。めんつゆも持ってきますから」
「食べてもいいの?」
「勿論。好きなだけお食べください」

「じゃあ、そうするか」
「ありがとうございます!」

「麦茶もあるかな?」
「はい。少々お待ちくださいませ!」
 
 この夏最初の素麺を僕はバックヤードで食べた。
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読書体験

2019-08-28 02:57:58 | 夏休みのあくび(夢追い特別編)

 面接へと向かう途中の道で水をかけられた。

「おーい! 今、水がかかったぞ!」

「あー。ごめんよ」

 自分の気持ちを前に出して言えるようになった。以前とは違う自分が誇らしかった。胸を張って、面接会場の公園に足を踏み入れた。

 専務は砂場の縁に腰掛けて待っていた。

 僕は慎重に名乗ってから、懐から履歴書を取り出そうとした。けれども、専務は手でそれを制して先に自分の鞄を開いてみせた。中から取り出したのは、自らが開発した自慢の新製品だという。

「昨日会社をやめてきたんだ。だからもう専務じゃない。ということは、もう君は必要ない」

 元専務は、わかりやすく立場と事態の変化を述べた。

「おじさん、何言ってるの?」

 素直に引き下がるのも、何か違う気がした。

 滑り台の頂上では鴉が列を作り、順番を待っていた。

 

 

 

 机の上で組み合う彼女の腕には思わぬ強さがあった。

「腕を鍛えているね」

 無惨な敗戦も頭を過ぎった腕相撲の勝負には、辛うじて勝つことができた。面目を保った部屋の空気は穏やかだったけれど、ゴミ箱の中にTシャツを見つけた。

「捨てたの?」

 まだ捨てるほどに草臥れてはいなかった。

「落としたの」

 奇妙な落とし物をする人がいる。人は、まあ色々だから。色んな人に会う度に、自分の感覚に修正を迫られてきた。何が正常かなんて簡単に言えず、人とつき合うことはすれ違うような経験の連続だ。時には、とても苦い。

「拾っておいて」

「僕が?」

「そうよ」

 どうしてそんな馬鹿なことを訊くのというように、響いた。昨日の僕なら、すぐに拾うことができたかもしれない。けれども、急に体が重く感じられ、腰を屈めることも手を伸ばすこともできなくなっていた。

「もう色々と嫌になったよ」

「そうなの?」

 驚いたように彼女は言った。ショックを受けた風ではない。

 

 子犬が迷い込んで来た。子犬だけではなく、少し離れたところに大型犬の影が見えた。

「来ちゃ駄目」

 おいで、おいで、と誘われているように、子犬はゆっくりと近づいて来た。周りを警戒する様子はない。手が届きそうな距離まで来たところで、突然、後ろの犬が猛ダッシュをかけて子犬の横に並んだ。

「六円貸してください」

 大きな犬は口を開いた。針と糸を買うために必要だと言った。

「そうなの?」

 事情はよくわからなかったが、深く問い詰めても仕方がないような気がした。犬の目には、どこか訴えかけるような力があった。庭先に待たせて、貯金箱を取りに行った。小銭くらいなら、用意できないこともない。

「お腹空いていない?」

 犬は並んで行儀良く待っていた。痩せこけているというほどでもないが、じっと待っていた二匹の姿を見ると何か心配になった。遠い街から、やって来たのかもしれない。断られ続けた末に、たどり着いたのかもしれない。あと少しで飽和に近づいていた貯金箱を庭先にぶちまけた。犬は、鼻先を五円玉の穴に向けて近づけた。これだよと教えるように、子犬の方を向いた。

「もっと取っていきなよ!」

 針と糸を買うのにだって、もっと必要だろう。一緒に、おいしいものでも食べればいいんだ。せっかく、ここまで来たんだからね。遠慮を解かれて、二匹は微笑みながら尾を振った。

 母は五百円、子犬は百円玉にキスをした。

 

 

 

 誰かの感想を自分の感想に置き換えて九月の教室で読み上げた。人の考えることはそう変わらない。これが自分の考えだとして何も不思議はない。声に出すほど自信が湧いて来るようだった。

「猫も魔女もこの話には出てきませんよ」

 先生、それは先生の感想でしょ。僕は僕自身の読書体験を今しているのです。先生のとは、まるで違って当たり前の。

 猫はたくさん出ましたよ。魔女ならその何倍も出たはずです。なぜかと言えば、猫の後ろにはそれぞれたくさんの魔女達が隠れるようにして、夢のような企みを秘めながら存在していたからです。

「ねえ、先生」

 先生は一つ大きなあくびをした。

 大きな大きなあくびの中に、みんなの夏休みは吸い込まれて行く。

 

 

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AI新手

2019-08-28 02:24:40 | 短い話、短い歌
 どんなに考えても、どんなに考えを無にしても、勝ち目がない。こちらの微かな動き出しを見透かして、容赦ない応手が飛んでくる。負けて覚えるものは痛みしかなかった。普通の手は通用しない。グーでもチョキでもパーでもない新しい手をひねり出すのだ。AIが驚く顔はどんなものだろう。ついにとっておきの手を繰り出す時がきた。「これならどうだ!」敵は動揺する様子もなくすぐさま見たこともない新手を返してきた。それはグーでもチョキでもパーでもない、こちらの想像を超えていく奇妙な手だった。「光速流の対応だ!」やはり僕は負かされてしまうのか。
 
 
敗着の
一手を悔いて
お茶をみる
まぶたの下は
スイート・コーン
 
(折句「バイオマス」短歌)
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叩け一発!銀頭の歩

2019-08-28 00:28:00 | ワニがドーナッツ!
叩け! ポンポン
狙うは銀頭

それもう一発!
乱せスクラム

叩け! 狙い目は銀の頭

それもう一発!
引き離せ金銀の連携

叩け! ポンポン
小さな投資で大きな戦果
それもう一発!

さあ もう一発!
くらえ! 焦点の歩!

叩け! 叩け!

あれ? もう歩がないぞ!

!!ワニがドーナッツ!!
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