店先にこぼれ出る匂いに誘われて中に入った。そこは創作ドーナツの店だった。見慣れないドーナツが並ぶ。半信半疑で選んだ1つに私は魅了された。それからというもの毎日のようにお店に通うようになった。飽きることのない創造性がそこにあふれていたから。
来る度に新作が出ている。それは時に何かに似た形、時に何とも似ていない形だった。見ているだけで楽しくなる。ドーナツ(アート)は日々にときめきを与えてくれた。
作品の穴を通して見る世界もまた現実をアレンジしたように映った。おばあさんはイルカ、店長は魔術師、バスは宇宙船、雨は花火、猫はビー玉のようだった。
焦点を戻すとドーナツが目の前に帰ってくる。
(食べてしまうのが惜しい)
いつまでも眺めていると逃げて行くこともある。ドーナツは内に足や鰭や翼を秘めていた。消えてしまう前に手を伸ばす。捕まえた。
遠く思えたアート作品がちゃんと自分の中に吸収されて行くことに、私は満足を覚えた。美味だ。
(自分も何かを創りたい)
そんな不思議な感情を抱かせるドーナツは、手についたパウダーさえも愛おしく思えた。
ドーナツ・ショップはある日突然、店を閉じた。
それから長い間、その空間は閉ざされたままになっている。
「テナント募集」
貼り紙の周りに私は時々新しいドーナツを描き加えている。
誰も咎める者はいない。
だけど、もう思いつかないな。
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Aメロのドで歩き出す幸せは
靴音鳴らすサニーステップ
(折句「江戸仕草」短歌)