色々あって指名手配されることになった。おたずねものとなった不安からか、気がつくと僕は見知らぬ民家をたずねていた。ベルを鳴らすと若い男が出てきた。最近事件があってですね……。
「怪しい男をみかけませんでしたか?」
僕はヘルメットを脱いで自ら顔を晒した。そうすることで自分は全く無関係であることを装えると思ったからだ。男は怪訝な様子だった。まじまじと僕の顔をみているようだ。
「そうですか。なら結構です。では」
話を切り上げて玄関をあとにした。曲がり角で自転車を止めて振り返ると、男はまだこちらの方をみていた。片手にスマホを持ち誰かと話しているようだ。まずい。僕がどちらに曲がるか見届けるつもりだ。
一度東に進み、公園を越えてすぐに逆戻りした。街中の警官が各々の交番から飛び出してきて僕を捜し始めたのではないか。
(男の特徴は? 自転車に乗って、青い服、人相は……)
公民館の角にこっそりと自転車を置いた。こちらをみている者がいないか用心しながら歩く。和菓子屋、古書店、文房具屋を通過して、何もない店の窓をみつめた。何もない店の前に長居しては不審者に映るのではないか。窓に映るのは微かな夜の気配だけだった。セルフのガソリンスタンドに立ち寄って、アキレス腱を伸ばした。僕は少し心配しすぎではないか。Gジャンなんて、あまりにありふれた服装にすぎなかった。
人気ない公園を過ぎて線路を越えるとまだ通ったことのない道を発見した。心地よく真っ直ぐに伸び車は少なかった。旅行者が頭より高いリュックを背負い歩いている。長いリードを引いた2匹の犬がクロスしながら歩いている。手をつないでゆっくりと歩く老夫婦。大きなラケットを持って風にスマッシュを決める中学生。
僕はヘルメットと椅子を持ったまま新しく現れた道を走り始めた。僕はジョギング・ランナーだ。すれ違う風景はすべてが新鮮なものだった。裏街道の発見だ! 新しい道をみつけたぞ! まるで知らない街を訪れたかのようだった。裏街道の興奮は、ひと時の間、自身の境遇を忘れさせてくれるものだった。
スーパー玉田の電飾に目が覚める。やっぱりいつもの道か。すると再び不安が戻ってきた。人目を気にしながら、家々の間、裏庭、地下道を通って自宅にまで帰った。書庫の裏にこっそりと椅子を隠した。服装を変えて自転車を取りに行こう。
家の鍵が開いていて明かりもついていた。中に入ると母がいた。
「あんた何か食べるかね?」
(何か食べてきてもよかったのに……)
「ああ」
今日の出来事に何も触れられないのがもどかしかった。
やっぱり考えすぎじゃないか。
あの事件、僕は巻き込まれた側ではなかったか。警察の方だって気の毒に思って動いていないのではないか。他にももっと重大な事件が山ほどあるだろう。
あの事件、もしかしたら、本当は何もなかったのかも。
「おうどんできたよ」