クリエイティブな動きを重ねていると体力がすり減っていく。倒れる前に塩分を補給しなければならない。そのために何を置いても手に入れるべきはたこ焼きである。たこ焼きは駅前や街の角っこなど至るところで売られていて、手頃な値段で購入することができる。注文の方法としてはまずたこ焼きと宣言した後、味や個数を告げてもいいが、いきなり「6個で!」と叫んでも概ね問題はない。
「6個!」
「毎度!」
「ありがとう」
お礼を言って受け取った僕の手の中は空っぽだ。エアー式という流行のサービスらしい。楽しみはあとからあとから徐々に集まってくるのだ。期待を胸に歩いていると勇ましく腕を振りながら走ってきたランナーが、突然足を止めた。
「そんなのは寿司じゃない。映画じゃない。アートじゃない。何を言われても平気。私はただのランナーなのだから。どうぞよろしく」
そう言いながら差し出した手の中に、楊枝にさされた一玉のたこ焼きがあった。アスリートの手から受け取ったたこ焼きは、燃えるような熱さだ。中にはしっかりと歯ごたえのあるたこが入っている。ほくほくと口の中で旨味が溶けていくようだ。食べ歩く内にメインストリートを抜けて田舎道に迷い込んだ。一つでは物足りない。空っぽになった口が、次のごちそうを求めていた。どこからか川のせせらぎが聞こえる。こんなところに知らない川が流れていたか。
どんぶらこ♪
どんぶらこ♪
上流から大きな西瓜が流れてくる。川辺にいたおじいさんが網を伸ばして西瓜をすくい上げた。
「止まってはならない。人間は決して満足を覚えない生き物なのだから」
そう言って鉈を振り下ろすと西瓜はまっぷたつに割れて、中から一玉のたこ焼きが出てきた。
「若者よ、これはお前のか?」
「そうかもしれません」
「だったら受け取られよ!」
「はい!」
楊枝のささったたこ焼きに手を伸ばし、迷いなく口の中に放り込んだ。西瓜の中に眠っていたたこ焼きは、驚くほどの熱を持っていた。ほくほくとする内にどんどん旨味があふれ出してくる。この一瞬のために、僕はここまで歩いてきたのだろう。熱い熱い。あの、おじいさん。普通の格好をしていたけれど、魔法使いだったりしてな。溶けるように消えていく一玉のたこ焼き。まだ足りない。まるで足りない。
口惜しさが思い出させるのは、いつか敗れ去った恋だった。あの頃の僕は魂より愛していただろうか。記憶はどのようにでも加工することができた。人生は一つのパッケージに詰め込まれたたこ焼きのようなものではないか。すべてが作り物にすぎないとすれば、その中に含まれた恋心が真であるはずがない。そう思えば何か清々しく、またどこか寂しいようでもある。
横断歩道が歌い始めた。真実の愛を問う歌だった。真ん中まで渡ったところでドラムは止み、ボーカルだけが力強く語り始める。「どうせ世界が終わるなら今夜はハードにドレッシング」歌が途切れると地下トンネルの中に入っていた。
「こんな時間に命が惜しくないとみえるな。幾らか置いて行け。そうすれば命だけは助けてやろう」
「幾らですか?」
「お前で決めろ!」
「まあいい。行け」
「僕の命がたった2000円か? 随分安くみられたもんだ」
「ん? もっと上げてもいいぞ」
「1万だ」
「よし。もらっておこう。行け」
「こんなものかよ。僕がこんなもんだって?」
「ちょっと待て。決めたのはお前だぞ」
僕は自分の価値をつり上げることができるのだ。
「こんなものかよ」
「もっともっと上げてみるか?」
「足下みやがって」
「どういう意味かわかってるのか」
「PayPayでもいいのか?」
「駄目だ。キャッシュだ」
「つまらねえ店だな」
「合格だ」
「えっ?」
「手を出しなされ」
「これは?」
「未来への希望が入った箱だよ」
そうしてどこからともなく贈り物が届く。そんな夜だった。