「早く行けよ」
「何もたもたしてんだよ」
「向いてないんじゃないの?」
「やる気あんのか」
ネットの民の声が耳に入って焦りが増す。
そこはエントランスがバスルームになっているという物件だ。躊躇っているのは危ない。そんなところを何度も出入りしていれば、不審者のように映ってしまう。
「こんにちは~」
バスルームを突き抜けて中に入る。広間はちょうどパーティーの最中だった。
「オーナーさんは?」
「あちらです」
「いいえ違いますよ」
「歳の上からはあなたがそうでしょう」
「古株というならばあなたの方が上でしょう」
「資格を持っている人が務めるのが筋でしょう」
「何が筋だ」
「阿倍野筋か?」
「文句があるなら食ってこい」
「まあまあ皆さん落ち着いて」
「45角!」
「ふん、筋違い角か?」
オーナーを巡って多くの譲り合いがあり、事が進まない。
「ん? どちらさん?」
さっぱりした顔で風呂から上がってきたのが真のオーナーのようだった。
「お届け物に……」
「えーと、どちらさん?」
「今度隣の方に越してきたものですが」
「わざわざいいのに」
「どうぞ!」
「いいって!」
遠慮ではなく本気の拒否だった。きっと物が有り余っているのだろう。だが、ここまで来て引き返すというのは冴えない。極上の胸唐揚げのセットなのだから。
「どうせつまらないものですから」
「なおさら結構」
「せっかくですので」
「せっかくですが」
ささやかな縁さえも拒むとは、器の小さいオーナーのようだ。僕はもう交渉をあきらめた。
「かしこまりました」
従順な振りをして引き下がるとじめじめしたバスルームの前に紙袋を置いて写真を撮った。
僕が今日を生きたことの証明だ。