眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

証明写真

2022-07-02 04:57:00 | 夢追い
「早く行けよ」

「何もたもたしてんだよ」

「向いてないんじゃないの?」

「やる気あんのか」

 ネットの民の声が耳に入って焦りが増す。
 そこはエントランスがバスルームになっているという物件だ。躊躇っているのは危ない。そんなところを何度も出入りしていれば、不審者のように映ってしまう。

「こんにちは~」

 バスルームを突き抜けて中に入る。広間はちょうどパーティーの最中だった。

「オーナーさんは?」

「あちらです」

「いいえ違いますよ」

「歳の上からはあなたがそうでしょう」

「古株というならばあなたの方が上でしょう」

「資格を持っている人が務めるのが筋でしょう」

「何が筋だ」

「阿倍野筋か?」

「文句があるなら食ってこい」

「まあまあ皆さん落ち着いて」

「45角!」

「ふん、筋違い角か?」

 オーナーを巡って多くの譲り合いがあり、事が進まない。

「ん? どちらさん?」

 さっぱりした顔で風呂から上がってきたのが真のオーナーのようだった。

「お届け物に……」

「えーと、どちらさん?」

「今度隣の方に越してきたものですが」

「わざわざいいのに」

「どうぞ!」

「いいって!」

 遠慮ではなく本気の拒否だった。きっと物が有り余っているのだろう。だが、ここまで来て引き返すというのは冴えない。極上の胸唐揚げのセットなのだから。

「どうせつまらないものですから」

「なおさら結構」

「せっかくですので」

「せっかくですが」

 ささやかな縁さえも拒むとは、器の小さいオーナーのようだ。僕はもう交渉をあきらめた。

「かしこまりました」

 従順な振りをして引き下がるとじめじめしたバスルームの前に紙袋を置いて写真を撮った。
 僕が今日を生きたことの証明だ。

コメント
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