エレベーターを出ると右側に男女のマークがあってそこはトイレだった。正面が店の入り口だ。ドアを開けると通路が縦に長い。
「いらっしゃいませ」
どこからともなく男性の店員が出てきたが、店員は靴を履いていた。
「ああ、脱がなくていいんですね」
僕はなぜか靴を脱いで手に持って歩いていて、自分がなぜそうしたのかわからなくて恥ずかしくなって笑った。店員も一緒になって笑ってくれた。どこがいいか相談しながら店員と並んで店内を歩いた。店の中はとても広くてグループで利用する人の姿も多く見られた。どの場所も窓から射し込む日差しが強く暑かった。歩いている内に徐々に汗ばんでくる。
「暑いですね」
「ええ」
「でも寒すぎるよりは全然ましです」
嫌みな感じになったらよくないと思い、すぐにフォローした。寒すぎるのが嫌いなのは本音だ。
「あそこがいいのでは?」
店員が指した席は隅っこの2人掛けの席だ。わるくない。行ってみるとテーブルの上には丸められた黒のネクタイとしわくちゃのシャツが置いてあった。
「ここいますよね」
すぐ近くにいた男性にきいてみた。
「いないことはないけど、もう時間すぎてるし」
荷物を置いて離席してからしばらく経ったので、もう権利を失ったということらしい。僕はネクタイとシャツを払いのけると安心して席に着いた。しばらく眺めていたメニューを閉じると、テーブルの上にはいつの間にかミルクティーが横向きに置かれていたが、不思議とこぼれることはなかった。もう1つのアイスコーヒーのグラスは普通に縦に置かれていた。なるほど、先に「暑い」と言っていたので、店員が気を利かせたのだ。感心していると先ほどの彼がやってきて、グラスにガムシロップを投入するとストローを突っ込んでくるくると回し始めた。氷が擦れてキラキラと輝いている。回転は1分が経過しても終わる気配がない。僕はその優雅な仕草を椅子にもたれて見守っていた。