「すべての準備が整いました」
駒台、脇息、座布団、ゴミ箱と抜かりなく置かれていた。
盤上には既に40枚の駒が整然と並んでいる。
「もう並べてしまったの?」
立会人はあきれながら盤上を眺めた。
「はい。駒を磨いてついでに並べておきました」
記録係は悪びれる様子もなく言った。
「1枚1枚自分で並べたいものなんだよ」
(それが物理将棋ってものなんだよ)
「えーっ。すみません」
記録係は反省しながら数分前に自らが並べた駒を駒袋に納め、駒箱に片づけた。
「おはようございます」
20分前に1人、15分前にもう1人の棋士が入ってくると、盤の周りをそれぞれの好みに整え始めた。
上座に着いた棋士が一礼して駒箱に手をかけた。紐をといて片手を添えながら、盤上に駒をあけた。
(名人が微笑んでいる)
記録係はその一瞬を見つけた。
一日かけて指される勝負の厳しさの中に、楽しむ心を見た。
ビシッ!
山の中から見出された王将が、一番に音を立てた。