照る日曇る日第1233回
本巻には「身がわり山羊の反撃」「「芽むしり仔撃ち」裁判」「揚げソーセージの食べ方」「グルート島のレントゲン画法」「見せるだけの拷問」「メヒコの大抜け穴」「もうひとり和泉式部が生まれた日」「その山羊を野に」「「罪のゆるし」のあお草」、「いかに木を殺すか」「ベラックヮの十年」「夢の師匠」「宇宙大の「雨の木」」「火をめぐらす鳥」「「涙を流す人」の楡」「僕が本当に若かった頃」「マルゴ公妃のかくしつきスカート」「茱萸の木の教え.序」の十八の短編が収められています。
いずれもタイトルが魅力的なので、意気込んで読み始めたのですが、どうもこれまでとは勝手が違う。
旧作をわざわざ語り直したり、作者には大事なことなのかも知れないが、私などには何の興味もない話柄を、さももっともらしく上下させた思わせぶりな作文だったりで、「こりゃ失敗したあ、こんなことなら森鴎外かチェーホフに乗り換えよう」と何度も思ったのですが、それでも辛抱して読み続けていくうちに「火をめぐらす鳥」の出会いました。
これは伊藤静雄の「わがひとに与ふる哀歌」所集の「鴬」という詩の解釈と、鴬という漢字の原義が「火をめぐらす鳥」であること、そして作者がプラットフォームで発作に襲われた長男を救おうとして、電車に触れて転倒し、血まみれになりながら長男の「ウグイス、ですよ」という言葉を耳にした折の体験が、渾然一体となって奇跡的に融合した作品です。
この本の短編の中でも際立って短いこの作品を読んだ後で、伊藤静雄の「鴬」の冒頭、
「私の魂」といふことは言へない
その証拠を私は君に語らう
に改めて目を通してみると、そのたった2行の中に、大江健三郎という作家の「詩と真実」が、すべて込められていると確信できるのです。
これはもしかすると、大江健三郎の全小説の中で、もっとも感動的な秀作ではないでしょうか。
政権がぶち壊そうとする憲法を天皇が守ってくれると勘違いする人 蝶人